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ボスニア代表を悲願のW杯初出場に導いたオシムの献身

text by 木村元彦 photo by Getty Images

人工的に分割された多民族国家の悲運

 2011年4月にこの国はFIFAの加盟資格を取り消され、サッカーにおけるすべてのカテゴリーで国際大会への出場を停止させられていた。理由は同国サッカー協会が抱える異常な事態を解決できずにいたからである。当時、ボスニア協会には3人の会長が存在していた。ボスニア紛争時に対立していたムスリム、クロアチア、セルビアの3民族のそれぞれの代表である。

 血で血を洗う殺し合いをさせられたボスニア紛争が1995年12月のデイトン合意によって終結させられて以降、政治の世界ではこの3つの民族が交代で国家元首を務めることになっていたが、サッカー界も同様のシステムを取り入れたのである。

 この「輪番制」制度は一見公平な棲み分けが成されているかのように見えるが、実際は各民族の民族主義者の権力を温存させ、国としての統合を先送りしているに過ぎなかった。根深い民族対立を前提に3民族の会長はそれぞれが自民族の権益のみを考えて運営するために腐敗が横行し、経理担当者が逮捕されるなどの大きな問題となっていた。

 一国家一競技団体、そして一会長を原則とするFIFAとUEFAは事態を重く見て、これより5ヶ月前に会長の一元化をボスニア協会に勧告していた。しかし、当時のボスニア協会の幹部たちは他民族への不信感と既得権益の保持のために会長を1人にする規約の改定には賛同せず、その結果、加盟資格剥奪という、まさにサッカーを取り上げられる究極のペナルティを課されたのである。

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