新天地はラオス。17ヵ国でプレーしてきた異色の選手・伊藤壇。アジアの開拓者としての矜持

アジアの各国を転戦してプレーする伊藤壇という選手がいる。知る人ぞ知る選手だが、なんと在籍した国は17ヵ国にのぼる。新天地に選んだのはラオス。彼の地の現状を聞くと共に、開拓者精神に迫った。

2014年02月06日(Thu)11時42分配信

text by 本多辰成 photo editorial staff
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「一年一ヵ国」をテーマに17ヵ国でプレー

新天地はラオス。17ヵ国でプレーしてきた異色の選手・伊藤壇。アジアの開拓者としての矜持
「アジアの渡り鳥」とも呼ばれる伊藤壇【写真:編集部】

 今季は50名以上もの日本人がプレーすることになるタイリーグをはじめ、アジアのリーグへの日本人選手の移籍の流れが年々加速している昨今。その潮流に先駆けて、10年以上前からアジアを舞台に戦ってきた異色の選手がいる。「アジアの渡り鳥」とも呼ばれる伊藤壇だ。

 ベガルタ仙台を退団後、シンガポールを皮切りに「一年一ヵ国」という独自のテーマを掲げてアジア各国のリーグを転戦。昨シーズンまでにすでに、日本を含めてアジア16の国と地域のリーグでプレーした。

 伊藤が初めてアジアへ渡った2001年当時は、まだアジアのリーグへ移籍する日本人選手などほとんどいない時代。だが、「もう一度サッカーがしたい」という強い思いと、もともと持っていた「海外に住みたい」という希望が重なり、迷いはなかった。

代理人を一切付けず、何のあてもなく単身現地に乗り込んで自らの力で契約までこぎつけるというのが伊藤のやり方。ゼロから全てを一人でこなすというその契約までの道のりは、まるで劇画のようで魅力に溢れている。

「とにかく現地に乗り込んで、まずは街中のストリートサッカーに混ぜてもらうんです。その中で現地のサッカー事情を聞き出して、練習場に直接行って練習参加させてもらう。最近ではフェイスブックやツイッターなども活用して、チームの関係者にコンタクトを取ったりもしています」

 何かと日本とは勝手が違う面も多いアジアの地。口約束はほとんど意味をなさないため、「契約交渉の時はICレコーダーを持ち込んで、証拠をとっておく」など、アジアならではの苦労も数知れず経験してきた。

 すでに38歳のベテランとなった伊藤だが、まだその情熱に衰えはない。16ヵ国目となったモンゴルでの戦いを終えた伊藤が2014年、17ヵ国目の戦いの場として選んだのは東南アジアの小国・ラオスだった。

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