ミランの背番号「10番」が意味するもの。歴代選手が示すエースの存在意義

2016年01月16日(Sat)12時02分配信

text by Keiske Horie photo Getty Images
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ミランの歴代「10番」1990年代後半~2000年代前半

ルイ・コスタ、サビチェビッチ、ボバン
左からルイ・コスタ、サビチェビッチ、ボバン【写真:Getty Images】

 フリットから背番号10番を継承したのがデヤン・サビチェビッチだ。1992年から1998年までミランに所属し、1995/1996シーズンから固定背番号制が開始されたことで、「10番」の象徴となった。

 ファンタジー溢れるプレースタイルは「トップ下」のイメージそのもので、ミランでは3度のセリエA優勝に貢献した。

 1998年から背番号10番を背負ったのはズボニミール・ボバン。サビチェビッチと同じくユーゴスラビア圏の系譜を継ぐ選手で、ユーゴスラビア代表で8試合、クロアチア代表で51試合に出場した。1998年フランス・ワールドカップではクロアチア代表を3位に導いている。ミランでは4度のセリエA優勝と1度のチャンピオンズリーグ優勝に貢献した。

 ユーゴスラビア紛争の際には「私は政治家100人にできないことができる」と発言するなど、雄弁さが特徴的な人物でもある。「サッカーを戦争だと言う者は、本当の戦争を知らない」という名言はあまりにも有名だ。その能力を活かし、現在はイタリアで辛口サッカー解説者として愛されている。

 2000年代に入り、ミランの背番号10番はマヌエル・ルイ・コスタに継承された。同選手はミランだけではなくポルトガルの伝説として知られている。ポルトガルのベンフィカで活躍した後、セリエAのフィオレンティーナに移籍。同クラブでガブリエル・バティストゥータとともに黄金時代を築き、2001年にミランに加入した。

 ポルトガル代表ではEURO1996でベスト8、EURO2000では母国をベスト4に導いている。ルイ・コスタもまた、ペレが選んだ「偉大なサッカー選手100人」に選出された。

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