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母国EURO初出場の裏で――。国から逃げ、身寄りもなく、それでもサッカーを続けるアルバニアの難民少年

text by 宮崎隆司 photo by Takashi Miyazaki , Getty Images

アルバニア代表のヒサイもまた難民であった

エルサイド・ヒサイ
アルバニア代表といえば、右のSBを務めるエルセイド・ヒサイ(現ナポリ)もまた、過酷な幼少期を送っている【写真:Getty Images】

 その3日前の6月11日。彼の母国アルバニアの代表はそのサッカー史上初めてEUROに出場し、同大会の初戦(対スイス)を終えていた。0-1で敗れたとはいえ、スコア通り惜敗、アルバニア代表の戦い方は実に見事であった。

 その話をすると、隣にいる15歳の彼は、母国の健闘に初めて少年らしい無邪気な笑顔を見せてくれた。

 そしてアルバニア代表は続く15日の第2戦で開催国フランスに敗れるも、19日には最後の対ルーマニアに勝利し、その名を堂々と大会の史に刻んでみせた。得失点差で惜しくも及ばず決勝トーナメントへの進出は叶わなかったとはいえ、きっとあのアルバンくんも、彼の仲間たちも、母国を代表する選手たちの奮闘を誇りに思っているに違いない。

 そのアルバニア代表といえば、右のSBを務めるエルセイド・ヒサイ(現ナポリ)もまた、過酷な幼少期を送っている。父親は彼がまだ2歳の時に、10人乗りなのに30人が乗り込んだゴムボートでアドリア海を渡りイタリアへ入国。

 フィレンツェで左官工としての職を得ると、請け負った工事現場がとある代理人の自宅であったことを機に、その代理人の計らいで2009年、15歳になっていた息子をイタリアへ呼び寄せると、夢であったフィオレンティーナ入りこそ果たせなかったものの、隣町エンポリの下部組織への入団を許され、ヒサイ少年はそこから1つずつ階段を上がり今日に至っている。

 6月14日のダゼーリオ広場、ベンチで私の隣に座っていたアルバンくんは、確かにこうも語っていた。

「そのエルセイド・ヒサイが僕のアイドルなんだ」

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