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あるサッカー選手が“死”に直面した3ヶ月。幸せの絶頂から奈落の底へ…国際世論をも動かした大事件とは

text by 植松久隆 photo by Getty Images

おかえり、ハキーム

ハキーム・アル・アライビ
所属するパスコー・ヴェールは帰還前に新たな契約の締結を発表。3ヶ月の苦難から解放されたハキーム・アル・アライビは元の生活に戻る【写真:Getty Images】

 また、PFAのジョン・ディデゥリカ代表は、「今回の運動は、ビクトリア州のローカル・フットボール・コミュニティから動き出した小さなムーブメントの、その毅然とした精神が世界へと広がっていった。(中略)ひとたびその運動が世界的な気運へと昇華されると、ハキームへの支援は圧倒的なものとなり、(当事国にも)無視しえないものとなった。我々フットボール・コミュニティは、基本的人権を守り、その理解を広めていく戦いにコミュニティとして持ちうる集合的能力を示すことができた」と、アル・アライビ釈放を受けての公式リリース内で、今回の運動における「民衆の力」の持った意義を熱く語った。

 昨年度の最新の統計ベースで、いわゆる“難民”をわずか65人しか受け入れない日本(筆者注:正式な難民認定はそのうち20人に過ぎず、残りの45人は人道的配慮からの在留認定者。ちなみに難民申請数は過去最高の1万9628人。認定の割合は、特例を含んでもわずか0.33%に過ぎない)で暮らす人々には、なかなかわが身に置き換えて理解しにくい事件だったのかもしれない。

 ただ、今回のような事件から、世の中にはフットボーラーに限らず人権侵害と隣り合わせの環境で暮らす人々が多く、様々な理由で祖国から逃れて難民となる人々が存在しているのだという事実を知ってもらいたい。時にはフットボールと政治の関りについて考えてみるきっかけとしてもらえるのであれば、とても意味があるものだと信じたい。

 急速なグローバル化が進むこのご時世、日本のフットボールファンも自国のスター選手や欧州4大リーグのを追うだけに留まらず、グローバルな視座でフットボールを俯瞰できるようになれば、もっともっとこのスポーツが持つ偉大な力を知ることに繋がるのではないだろうか。

 アル・アライビの電撃的な釈放を受けて、今回の運動の象徴でもあった「#SaveHakeem」のハッシュタグは、一瞬にして「#HakeemSaved」へと姿を変えた。そして、一晩明けた12日、彼が支持者の待つメルボルンに到着する頃には、一斉に「#HakeemHome」へとさらに変化を見せたのが印象的だった。

 おかえり、ハキーム。まずは、ゆっくりと体を休めた後に、すぐにボールを蹴り始めて欲しい。NPLVの新シーズン開幕は、すぐそこだ。

(取材・文:植松久隆)

【了】

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