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「ミラン狼狽」。14年前、取材ノートに記された事実。あの6分間はリバプールの魔力だったのか【私が見た平成の名勝負(9)】

国内外で数多の名勝負が繰り広げられた約30年間の平成時代。そこで、フットボールチャンネルは、各ライターの強く印象に残る名勝負をそれぞれ綴ってもらう企画を実施。第9回は平成17(2005)年5月25日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ決勝、リバプール対ACミランの激闘を振り返る。(文:粕谷秀樹)

シリーズ:私が見た平成の名勝負 text by 粕谷秀樹 photo by Getty Images

前半で勝負は決まった

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ミランとのチャンピオンズリーグ決勝に臨むリバプールの先発メンバー【写真:Getty Images】

 前半を終えて0-3。放送席で頭を抱えた。勝負は決まったといって差し支えなかった。45分間を見るかぎり、逆転する術はない。モチベーションを刺激する材料はどこにもなく、いつも陽気で、心の底からチームを愛するサポーターも意気消沈している。

 まして対戦相手はACミランだ。数多くのタイトルを手中に収めた世界の名門で、ビッグファイトの闘い方を熟知している。試合の興味はミランがどのようして試合をたたむかであり、その後の劇的な展開を予見できるような内容ではなかった。

 現地で解説を務めていた筆者は、どのようにすれば視聴者の興味を維持できるか、試合終了のセレモニーまで楽しんでいただけるか、ほとほと困ったことを鮮明に覚えている。

 まさか、『翔んでイスタンブール』を歌うわけにはいかない。1970年代のヒット曲を持ち出してもフットボールファンの反感を買うだけで、サビの部分しか知らない。『異邦人』の歌詞もトルコの市場を連想させるが、フットボールとはなんのつながりもない。さらに点差が広がったら、歴史に残るような大差がついたら、放送席のテンションにも影響する。しかし、後世に語り継がれる「イスタンブールの奇跡」は突如として幕を開けた。

下馬評ではミランが有利

 2005年5月25日、チャンピオンズリーグ決勝。リバプール対ミラン――。

 リバプールはプレミアリーグでも苦しんでいた。けが人続出。シャビ・アロンソ、ハリー・キューウェル、ウラジミール・スミチェルといった主力が長期の戦線離脱を強いられた結果、14敗も喫した。

 優勝したチェルシーに27ポイントもの後れを取る5位に終わっただけではなく、地元の宿敵エバートンの後塵まで配したのである。屈辱以外のなにものでもない。アウェーとはいえボルトン、バーミンガム、サウサンプトンなど、勝ってしかるべき相手にも敗れるなど、就任初年度のラファエル・ベニテス監督は周囲の期待を完全に裏切った。

 一方、ミランは終盤でやや息切れしたが、最終ラインはパオロ・マルディーニとアレッサンドロ・ネスタが堅陣を敷き、中盤ではアンドレア・ピルロとジェンナーロ・ガットゥーゾが抜群の補完性を披露。そしてカカ、アンドリー・シェフチェンコ、エルナン・クレスポの前線は、カルロ・アンチェロッティ監督が要求する守備的なタスクをこなし、チームとして熟成していた。セリエAでは2位に終わったものの、リバプールとは完成度が違いすぎる。当然のように下馬評は、ミラン有利だった。

ジェラードのメッセージこそが逆転の要因

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カップを掲げる主将スティーブン・ジェラード(左)とラファエル・ベニテス監督【写真:Getty Images】

 1分、マルディーニが先制する。クレスポが39分と44分に加点した。チーム力で上まわるミランが前半だけで3点のアドバンテージを得たのだから、放送席の混乱もお分かりになるだろう。しかし、リバプールはまだ慌ててもいなかった。

「ボスはとても落ち着いていた。いつもより落ち着いていた」とスティーブン・ジェラードが証言したように、ベニテスは後半に向けて一人ひとりの動きを丁寧に指示したという。

 また、右サイドバックのスティーブ・フィナンに代えてMFディトマール・ハマンを投入し、フォーメーションを4-5-1から3-4-2-1に変更する旨も伝えた。このプランとともにジェラードと前線の距離が近くなり、なおかつ頻繁に攻撃参加していたセルジーニョの抑止力にもなった。3点のビハインドを背負っていたにもかかわらず、ベニテスは逆転のシナリオを描いていたのである。

 さらに、ジブリル・シセはジェラードのメッセージこそが逆転の最大要因、と語った。

「リバプールはオレのすべてだ。もしみんながオレを尊敬し、キャプテンとして認めてくれているのなら、みんなの力を貸してくれってね。感動したし、やってやるぜって奮い立った。だれひとりとしてあきらめちゃいなかったんだよ」

 リバプールは逆転を信じ、確信していた。百戦錬磨を揃えたミランがスイッチを切ったとは思えないが、リバプールのロッカールームが3点のビハインドでもさして落ちこまず、むしろファンティング・スピリットをたぎらせていたとは知る由もなかった。後半、試合の流れが変わる……。

取材ノートに記された「ミラン狼狽」

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PK戦の末に敗れてうなだれるミランの選手たち【写真:Getty Images】

 54分、ジェラードがヘディングで追撃の狼煙を上げる。まだ2点のビハインドだが、スタジアムを真っ赤に染めていたリバプール・サポーターのボルテージが急速に上がり、愛するチームを後押しする。2分後、スミチェルのゴールで1点差に詰め寄った。60分、X・アロンソが決めて同点だ。わずか6分で3-3!? 信じられない展開にスタジアムが揺れている。14年前の取材ノートには「ミラン狼狽」と記されていた。

「われわれは試合の大半をコントロールし、うまく闘っていた」(マルディーニ)
「後半開始直後になにが起きたのか。説明のしようがない」(ネスタ)
「あの6分間は一生、忘れない。忘れられるはずがない」(アンチェロッティ)

 ミラン側の証言は54分からの3失点に凝縮されている。ハマンを中盤に入れ、ジェラードとX・アロンソが攻撃により関与できるようになったことは事実だが、完成度ではるかに上を行くミランがわずか6分で同点に追いつかれるなど、常識では考えられない。試合は3-3のままPK戦にもつれ、リバプールGKイェルジ・デュデクがピルロとシェフチェンコのキックを止めて勝負は決した。

 しかし、いまでも語り継がれるのはあの6分間だ。あれはリバプールの《魔力》なのか。由緒と伝統のあるクラブにだけ許される《見えない力》なのか。

(文:粕谷秀樹)

【了】

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