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天野純を直撃。マリノスで葛藤した日々、覚悟を決めて掴んだ“ラストチャンス”の先に(後編)

この夏、Jリーグから多くの選手が欧州移籍を決断した。その中の1人、天野純は異色の存在だ。28歳で選んだ初めての海外挑戦の背景にはどんな思いがあったのか。そして、ベルギーでどんな日々を過ごしているのだろうか。オランダに飛び、練習試合を終えた天野を直撃した。今回は後編。(取材・文:舩木渉【オランダ】)

text by 舩木渉 photo by Getty Images, Wataru Funaki

エゴを押し殺して

天野純
天野純は今夏からベルギー2部のロケレンでプレーしている【写真:Getty Images】

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 今季の横浜F・マリノスでの天野純は、チームの勝利のために、あえて個性を消してプレーしているように見えた。あくまでボールを前線に運ぶための中継地点であり、潤滑油であると割り切っているかのように。後方からパスを引き出して、細かく繋ぎながら、前線の選手にいい形で届ける。確かにその質は高かったが、どこか窮屈で物足りない。試合で勝利を逃すとメディアの前では「俺が違いを作れなかったから」と繰り返しているのに、ピッチ上では違いを作るようなプレーをあえて選択肢から外しているようで、そこに矛盾を感じた。

 プレーの変化は個人スタッツにも表れていた。昨季は年間通じてリーグ戦全34試合に出場して5ゴール7アシストを記録していたが、今季は前半戦18試合でゴールはなく、アシストも1つだけだった。天野自身も「難しかったですね、今年は」とマリノスでの日々を振り返った。

「SNSとかで『何だそのプレーは』『安パイなプレーしてるんじゃねえよ』みたいなメッセージとかも結構来て。でもチームのことを考えてやっているのにな…みたいな、そういう葛藤があったり。言っていることはすごくわかるし、あれは俺の本来のプレースタイルじゃないし、すごく大変でしたね」

 悩んでも、悩んでも、正解が出てこない。もし道半ばの今、キャプテンの自分が移籍でマリノスを離れることで、どれだけの批判や非難を浴びるかも想像した。それでも週末には試合がやってきて、チームを勝たせなければならない。ピッチでプレーする以上、自分の悩みを表に出すことは絶対にできない。そこで助言を求めたのは、誰よりも天野のことを知る、父親だった。

「そういう人生の岐路みたいなところで絶対父親に相談するんですけど、電話したら『他人の言うことは気にするな』と言われて。やっぱりその通りだなと思ったし、そこで吹っ切れて、この移籍を決断できたというのはあります」

 自分を押し殺して戦いながら、移籍オファーを受けるか決断を迫られる。同時に2つの悩みを抱えることで精神と身体を蝕む負担の大きさは想像に難くない。そんな中、天野は6月22日に行われたJ1リーグ第16節の松本山雅戦で、チームのためではなく、「自分のやりたいようにやろう」と、普段のプレーを頭の中から捨てた。

マリノスで感じた「愛」、6年分の感謝

天野純
松本山雅戦。プレーの質を変えた天野純は、前半ほとんどボールに触れなかった【写真:Getty Images】

 先発起用された背番号10は、いつもなら下がってボールを受けるようなタイミングでも前に残り続け、よりゴールに近い位置でプレーしようとした。だが、前半の45分間、ほとんどボールに触ることができなかった。まるで異物かのように浮いてしまい、パスがこない。チームも機能不全に陥り、ハーフタイムにアンジェ・ポステコグルーから大目玉を食らった。

「『やっぱりこれを俺がやっちゃダメなんだ』と思って。(マリノスの戦術の中で)自由というか、自分のやりたいプレーをやっちゃダメなんだ、それは求められていないなと、そこですごく思いました。案の定、後半は自分がキーボー(喜田拓也)とダブルボランチを組んで、後ろでビルドアップを助けたら上手くいって。それは上手くいくの、わかっているんですよね、正直。でもまあ、それでずっとやっていたら自分の成長は絶対にないなと思ったし、やっぱりああいうプレーってもっと歳をとってからでもできると思うので、今はもっとギラギラしていたいというか、そういう気持ちが強いですね」

 7月6日のJ1リーグ第18節、大分トリニータ戦終了後。雨が降る中、天野の退団セレモニーが行われた。

「本当にこのマリノスに自分のすべてが詰まっていると思っています。(ファン・サポーターの)皆さんと会えなくなるのは本当に寂しいし、この最高の仲間と別れるのは本当に辛いです。でもやっぱり僕も27歳になって、海外移籍というのはラストチャンスだと思っています。自分が見たことのない新しい世界を見たいというのもありますし、ここでチャレンジしなかったら一生後悔するという思いが強く、移籍を決断しました。ここで学んだすべてをベルギーでぶつけて、一旗揚げてきたいと思っています」

 ラストチャンス。年齢やこれまでのキャリアを考えれば、今後同じようなチャンスはめぐってこないかもしれない。だからこそ、目の前にある分かれ道の、より厳しい方に進むことを選んだ。「海外の舞台で活躍し、ひと回りもふた回りも成長して、マリノスの10番にさらにふさわしい選手になって帰ってきたい」と宣言し、その思いにチームメイトたちやファン・サポーターも応えて大声援と胴上げで盛大に送り出した。

「めちゃめちゃ嬉しかったですね。雨だったし、あれだけ(ファン・サポーターが)残ってくれるとは正直思っていなかったので、ほとんどの選手は、例えば(久保)建英だったりはほとんどステップアップでいくじゃないですか。でも俺は微妙な感じで、今年はそこまでマリノスで活躍したわけじゃない。そういった中でああやって送り出してくれるって本当に嬉しいなと思うし、自分で言うのもあれですけど、愛されているなと思いましたね」

「今、すげえ楽しいですよ」

天野純
天野純は慣れ親しんだ「14」とともに欧州でのキャリアを歩み始めた【写真:舩木渉】

 結果的に、ロケレン移籍が正解だったかどうかは、まだわからない。だが、表情は日本にいた頃よりも明るいように感じた。自分らしいプレーをして、常に結果を求められ、何かを残さなければ周りに認めてもらえない欧州の厳しい環境に身を置いて、「そこが面白いんですよね。今、すげえ楽しいですよ」と充実の日々を過ごしている。

「本当に1試合、1試合、こうやって結果を積み重ねていかないと上はないし、俺がいる意味はないと思うので、だから毎日危機感を感じています」

「苦しいっちゃ苦しいですけど、またイチからのスタートなので。マリノスにいたらもっと居心地がいいし、もっと楽にこのままサッカー人生を歩めたかもしれないですけど、積み上げ作業がまた始まったなという感じですね」

 もちろん練習試合で結果を残したからといって、公式戦で出場機会を得られる保証は一切ない。毎日が競争で、毎日が勝負。20日に行われたギリシャ2部パナシナイキとの練習試合を、天野は軽い負傷のため欠場した。0-0の引き分けだったが、そうやってピッチを少し離れている間にも居場所を失っているかもしれないのだ。

 ロケレンは8月2日に、ベールスホットとのベルギー2部リーグの開幕戦を迎える。天野の欧州での本格的な戦いは、これから始まる。現状はマリノスから1年間の期限付き移籍だが、その期間を終えてすぐ日本に戻ることは考えていない。もっと上へ。飛躍の過程で背負っていた「14」と共に追い求めるのは、先にレアル・マドリーへ移籍した後輩の久保建英が立とうとしているような、より高いステージだ。覚悟は決まっている。

「(1年で)戻るつもりは全くなくて、何としてでもここで成功して、買い取られるのか、さらにステップアップするのかはわからないですけど、1年とかで帰るつもりはないです」

「悔しいですよ。タケ(久保)にはそれだけクオリティがあるし、若いし、俺とは全く立場が違うので、そこは本当に素直にすごいと思いますけど、同じ舞台に立つ道は俺がここ(ベルギー)にきたことによって、日本にいるより近くなった感覚がある。そこを目指して頑張っています」

(取材・文:舩木渉【オランダ】)

☆前編はこちら☆

【了】

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