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涙と絶叫、そして今も…。少年の人生を変えた史上最も劇的なPK戦、CL決勝マンU対チェルシーの記憶【私が見た平成の名勝負(12)】

各ライターの強く印象に残る名勝負をそれぞれ綴ってもらう連載の第12回は、平成20(2008)年5月21日に行われたチャンピオンズリーグ決勝、マンチェスター・ユナイテッド対チェルシー。イングランド勢同士の激突となった大一番はPK戦にもつれ込み、劇的な終幕となった。(文:内藤秀明)

シリーズ:私が見た平成の名勝負 text by 内藤秀明 photo by Getty Images

ユナイテッドの魅力にとりつかれた少年

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ビッグイヤーを掲げるクリスティアーノ・ロナウド【写真:Getty Images】

 突然だが自己紹介をすると、僕は現在28歳で、本格的にサッカーを見始めたのはおよそ13年前のことになる。高校1年生の夏に開催された、2006年のドイツワールドカップからだ。近所の友人の家で、なんとなく見ていたポルトガル代表の試合で、クリスティアーノ・ロナウドが足技を披露しているシーンをよく覚えている。

 その後、当時ロナウドが所属していたマンチェスター・ユナイテッドをサポートするようになり、楽しくプレミアリーグを見ていたところ、縁にも恵まれ現在はイングランドサッカーを中心に記事を書く仕事をしている。ミーハーなスタートだったわりに、イングランドサッカーの沼にずっぷりとハマってしまった。

 最初のきっかけはドイツワールドカップだったが、プレミアリーグ沼により深く引き込まれる転機は別にある。およそ2年後に行われた2007/08シーズンのチャンピオンズリーグ決勝、マンチェスター・ユナイテッド対チェルシーの一戦だ。

 そのシーズンのユナイテッドは、カルロス・テベスとウェイン・ルーニーの2トップ、そして左のライアン・ギグス、右ウイングのロナウドが躍動し、非常に攻撃的なサッカーを披露していた。

 洗練された組織的なサッカーというより、前線4人の即興のパスワークや、10秒足らずで自陣からゴールに至る超高速カウンターで得点を量産していたと記憶している。その魅力はサッカーを見始めてわずかの高校生にも十分伝わってきた。最終的にそのシーズン、ユナイテッドは圧倒的な火力を武器にプレミアリーグを制覇した後に、チャンピオンズリーグ決勝に臨んだのだった。

 決勝戦を迎える頃には、僕は高校三年生になっていた。大学受験を控えていたが、そっちのけでサッカーを見ていた。少し話が逸れるがこの決勝戦のおよそ半年後、センター試験まで1か月を切っているにもかかわらず、来日していたマンチェスター・ユナイテッドが出場するクラブワールドカップの試合を見に、大阪から東京に初めての一人旅をしていたくらいだ。今思えばこの頃を境に、僕の中の優先順位はサッカーが一番になっていたようだ。

まさかロナウドが…。劇的すぎたPK戦

 話をチャンピオンズリーグ決勝に戻そう。結果は皆さんご存知の通りだ。90分終えた時点で1-1。26分にウェズ・ブラウンのクロスをロナウドがヘッドで決めてユナイテッドが先制する。しかし45分にマイケル・エッシェンがミドルシュートを放つと、そのこぼれ球を現在はチェルシーで監督を務めるフランク・ランパードが押し込んでチェルシーが同点に追いついた。

 その後、両チーム共に得点はなく延長戦に突入するものの、それでも追加点は生まれない。延長戦の終了間際にチェルシーのディディエ・ドログバがネマニャ・ヴィディッチの頬を叩いて退場となるなどのひと悶着もありつつ、決着はPK戦にもつれ込んだ。

 そしてこのPK戦が本当に劇的な展開だった。ひいき目もあるのだろうが、僕は未だにこの時以上にドラマチックなPK戦を知らない。今も当時の感動を思い出し、少し涙目になりながら原稿を書いている。

 正直に言えば、キッカーの2人目まではよく覚えていない。先攻のユナイテッドはテベスとマイケル・キャリックが決めて、後攻のチェルシーはミヒャエル・バラックと、先日楽天カップのタイミングで来日していたジュリアーノ・ベレッチがきっちり決めたらしい。

 3人目の先攻はこの日もゴールを決めて乗りに乗っているロナウド。「確実に決める」と僕は信じて疑わなかったが、ポルトガル人のシュートコースは甘く、ペトロ・チェフにセーブされてしまった。その瞬間、僕は自宅のリビングで頭を抱えて絶叫していたように思う。アイドルのロナウドが、PKを外して優勝ならず。そんな悲劇が起こるのかと目の前が真っ暗になった。

 チェルシー3人目のキッカーのランパードと、ユナイテッド4人目のキッカーのオーウェン・ハーグリーブスが冷静に決めた後、チェルシー4人目のキッカーであるアシュリー・コールに出番が回ってくる。

明暗を分けたのは、まさかの…

 コールと言えば、先日のチェルシー来日のタイミングでアンバサダーとして日本に来てくれた。チェルシーの練習取材していた時に、たまたまコールもいたので「チェルシーのことをもっと知りたいので、少しお話をさせてもらえませんか」と広報の顔色を伺いつつ尋ねたところ「もちろんだよ。なんでも答えるよ」と快諾してくれた。

 チーム内の変化などを話しつつ、コール自身についても「一番好きな監督が(2008/09シーズンに監督に就任するものの、結果を残せず数か月で解任された)フェリペ・スコラーリって本当ですか?」と尋ねたところ「そうなんだよ。彼が4-3-1-2のシステムを採用して、サイドバックには自由に攻撃させてくれた。だから楽しかったんだよね」と笑いながら語ってくれた。

 そんなやり取りをしたこともあり、今では嫌いにはなれない元選手のうちの一人ではある。ただ当時は違う。イングランド人SBが右隅に蹴ったシュートは、エドウィン・ファンデルサールの手に当たりながらも、ゴールに吸い込まれてしまった。ユナイテッドの守護神が触ったことで、一瞬期待させられた分、落胆も大きかった。

 気づけばキッカーは5人目に。先行のユナイテッドはナニがPKスポットに向かう。プレーにムラがある選手だけに、不安も大きかったが、冷静に決めた。首の皮が一枚繋がった。

 そして運命の瞬間が訪れる。

 チェルシーの偉大なキャプテン、ジョン・テリーがペナルティスポットに向かう。決められれば敗戦。心臓の鼓動が普段より大きく聞こえてくる。僕は画面を見ていられず、頭を抱えこみながら土下座の体勢で音だけ聞いていた。

「テリーが外すわけない」

 正直、終わったと思った。でも終わらなかったのだ。実況が何かを叫んでいる。テリーがPKを外したらしい。

 衝撃の結果に呆然としながら、すぐさま流されるハイライトを今度こそ映像で見る。退場したドログバに代わって5人目のキッカーを務めたイングランド人の闘将は、インパクトの瞬間に、不運にも足を滑らせてしまった。ボールはあらぬ方向に飛んでいっていた。思考が現実にようやく追いついたため、遅れて僕はガッツポーズしていた。

早朝の絶叫。将来の夢を決めた一戦に

 その後の僕は固いフローリングの上で、苦手な正座の体勢で画面を見つめていた。

「僕は足の痛みを我慢するので、1%でも、勝利の可能性よ、高まってくれ」

 意味不明な祈りをこめる。

 6人目のユナイテッドのキッカーは、125分に投入されたアンデルソンだ。投入された時間が時間だけに、試合に入れていないはずだ。「集中できているのか」と、疑念が渦巻く。そんなファンの不安を知ってか知らずか、プレッシャーがのし掛かる重大な場面で、当時20歳のブラジル人MFはど真ん中に強いキックを蹴りこんだ。鉄の心臓過ぎる。

 その後、チェルシー6人目のキッカーのサロモン・カルーと、ユナイテッド7人目のキッカーのライアン・ギグスが逆を突くキックできっちり決める。PKは終わらない。

 しかし長いようで短い時間はとうとう終わりを告げることになる。チェルシー7人目のキッカーの二コラ・アネルカがPKスポットに向かった。ホイッスルが鳴り、ボールを蹴ろうとしている。

 実のところ僕はこの瞬間の映像が一番記憶に残っている。PK戦が始まってからの数分間、全く生きた心地がしなかった。しかしこの瞬間「勝てるかもしれない」と高校生ながら直感的に思ったのだ。というのもチェルシーのフランス人ストライカーは、どう見ても不安げな表情をしているのだ。アンデルソンのノープレッシャーな表情とは対照的に悲壮感たっぷりだ。

 こういう予感は当たるものなのか。

 アネルカのキックはコースが甘く、ファンデルサールが見事、外にはじき出した。

 直後、37歳のベテランGKが両手を天に掲げ絶叫しはじめる。チームメイトたちもGKの元へ雪崩のごとく飛び込みに向かう。気づけば選手たちはもみくちゃになっている。ほぼ全員が祝福に向かう中、ロナウドだけが動けずその場にうずくまり、号泣している。選手、監督、ファン、全てのユナイテッド関係者たちがストレスから解放され、喜びを爆発させていた。僕自身も早朝にも関わらず自宅で絶叫していた。

 この試合をきっかけに、何が起こるかわからない、ドラマチックなストーリーを追体験させてくれるサッカーというエンターテインメントに魅了されてしまった。当時からブログを書くのが好きだったので、サッカーライターを志すのは時間の問題だった。劇的な試合展開には、人生をも変えるパワーがあるらしい。

 さて、今、僕は、半泣きどころか完全に涙を流しながら原稿を締めくくろうとしている。回想するだけで熱い思いがこみ上げてくるのだ。この名勝負が与えてくれた興奮を、僕は一生忘れない。

(文:内藤秀明)

【了】

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