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「フランスの育成スタイルは日本に適さない」。トルシエがベトナムで実践する急ぎ過ぎない育成方針【対談後編】

かつて日本代表監督を務めたフィリップ・トルシエ氏と、U-17日本代表コーチなどを歴任した井尻明氏は現在、ベトナムサッカーの強化に携わっている。ベトナムサッカーの成長を牽引する立場にある2人の対談が10月下旬にハノイで行われた。日本とベトナムの育成事情を知る2人の言葉から、両国の成長のためのヒントが見えてくる。今回は後編。(取材・文:宇佐美淳)

text by 宇佐美淳 photo by Jun Usami

「日本の育成スタイルがとても好き」

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U-19ベトナム代表監督を務めるフィリップ・トルシエ氏【写真:宇佐美淳】

(前編はこちら)

井尻「日本人の特徴で良いものの一つとして、いろいろな国の良いところを積極的に取り入れようとする点があります。日本サッカーは、ブラジル、スペイン、フランス、ドイツなどの影響を受けながら成長してきました。サッカー以外でも高度経済成長時代には、他国の良いところを取り入れてきた歴史があります」

「日本サッカーは2019年現在、日本人の森保一監督が代表監督を務めるようになり、ようやく自分たちのスタイルを探り始める時期に来ています。ですので、日本にとっての理想の育成というのは、まだ存在しないのかなと思っています」

「ヨーロッパの強豪国には、それこそ何百年という歴史があるわけで、それぞれの国が適した独自の育成システムを持っています。日本はそこには到底及ばないですし、まだ本当の理想には辿り着けていないのが現状です。どれか一つの方法が正しいということではなく、それぞれに正解があるのだと思っています」

トルシエ「私はこれまでに、いろいろな国で働いた経験がありますが、日本では学校の部活動が非常に盛んで、レベルも非常に高いです。部活動のサッカーは学校生活の中にあります。フランスなどでは、子どもたちがサッカーをするのはクラブチームであり、学校ではありません。個人的には、日本の育成スタイルがとても好きです」

井尻「日本では近年、かつて部活動中心だった育成から移り変わりがあって、フランスのINFをモデルにしたJFAアカデミーを作ったり、最近だと、スイスやスペイン、ドイツのやり方を取り入れるなど試行錯誤している状況で、どんな方針が日本に適しているのかという迷いを感じながらやっています」

「INFなどの育成システムは日本には適さない」

トルシエ「INFは私が指導者として初めて働いた育成機関です。U-15フランス代表を指導して当時の教え子には、後にフランスを代表するストライカーになったジャン=ピエール・パパンがいました。個人的な意見ですが、INFなどの育成システムは日本には適さないと思っています」

「フランスではサッカーに注力している学校というのは存在しません。エリートたちの才能を育てるには、必然的にクラブやINFのような機関が必要になります。現在、私が働いているベトナムのPVFもINFと同じような育成機関で、ここには全国から優秀な子どもたちが集まってきます」

「一方、日本はもっと良い環境にあると考えます。なぜなら、部活動の質が高く、フランスのクラブにも匹敵するからです。日本にINFのようなシステムがなぜ合わないかというと、子ども時代からずっと家族と一緒に暮らす文化があるので、子どもは親元を離れたがらないと思っているから。個人的にはそういった文化をリスペクトしています」

「日本の学校では、多くの子どもが何らかの部活に入っているので、わざわざ他のクラブに行かずとも教育を受けながら、それぞれの才能を育てることが可能です。このような話は20年前にも日本側に伝えたことです」

U-13年代で国際大会を経験する意味

井尻「U-13でレベルの高い試合を経験するのは非常に重要ですし、それが国際試合であれば、なおのこと良い経験になりますから、両国の子どもたちにとってプラス要素しかないと思っています。交流の機会が増えて、国際試合の経験をどんどんつけてもらいたいです」

「日本から遠いヨーロッパに行くには、お金も時間もかかりますし、そこに行ってしまうと、子どもも親も浮足立ってしまって、サッカーをしに来たのか、旅行に来たのか分からなくなってしまいます。ですので、経済もサッカーも成長著しいベトナムというのは、遠征先として非常に良い選択だと思います」

「同じアジアの中で交流していくのは、とても大切なこと。アジア遠征でしか得られない経験というものもありますし、取り組み方次第で、日本側にとっては大きなメリットが得られる大会になると思います」

トルシエ「日本は、ベトナムが発展するうえで非常に重要なパートナー。両国はアジアに属しており、サッカーだけでなく、様々な分野で協力関係を築いています。サッカーでは、日本と韓国はアジアを牽引する存在であり、ベトナムはこれらの国から学ぶべきことが多いです」

「私はかつて日本で、現在はベトナムで働いているので、両国を結ぶ懸け橋になりたいとも考えています。過去の経験から、日本がベトナムの成長のために、どんなポジティブなことをもたらしてくれるのかを私は知っています」

「川崎フロンターレが開催する年末の国際大会には、我がPVFアカデミーも参加します。クリスマス休暇を返上することになってしまいますが、応援に行くつもりです。この大会はPVFと川崎フロンターレのみならず、ベトナムと日本、両国サッカーの協力関係強化にも貢献するでしょう」

「でも、11月にU-18日本代表とAFC U-19選手権予選(ホーチミン)で対戦する時、私たちベトナム代表は絶対に負けませんよ! とは言っても、ベトナムのレベルを考えると、引き分けでも上出来でしょう。もし最終戦で日本と引き分けたなら、どちらも予選突破する可能性が高いです。いずれにせよ、日本との対戦を楽しみにしています。トルシエベトナムvs影山ジャパンは日本でも注目されるでしょう?」

(※結果はトルシエ監督の目論見通り0-0のドロー。日本が首位、ベトナムが2位で予選を突破した)

ベトナム代表の長期的計画

トルシエ「ベトナムが現在、国を挙げて目指しているのが2026年のワールドカップと2024年のオリンピック出場。ここで主力を務める2001年から2003年生まれの選手たち。それが現U-19代表であり、6年後を見据えた長期的かつ綿密な計画が進行しています」

「代表選手を送り出すのは各クラブなので、代表チームの強化には各クラブが組織としてレベルアップしていくことも重要。PVFはベトナムサッカー連盟のパートナーとして、この目標を達成するために様々なエレメントを組み合わせながら、相乗効果を生み出していく役割を担います」

「もしU-19代表が今回のアジア選手権で本大会に進めなかったとしても、そこで計画が破綻してしまうわけではありません。なぜならこの世代の最終的な目標は2026年のワールドカップ出場であるからです。これから壁にぶつかることもあるでしょう。やり方の変更を余儀なくされる時も訪れるかもしれません。しかし私たちの最終目標が変わることはありません」

井尻「U-19女子代表の直近の目標は、10月末から11月初めにかけてのアジア選手権で結果を残してU-20ワールドカップに出場すること(※結果はグループステージ敗退)。その後、2023年には女子ワールドカップがあります」

「この大会から出場国数が24か国から32か国に拡大します。ベトナムのFIFAランキングは34位(10月時点の数字。最新では32位に浮上)なので、現実的に手が届くところまで来ています。現U-19代表の選手たちが4年後には、22歳、23歳になるので、選手として一番活躍できる年齢になっています」

「ベトナムの選手たちは、どうしても目先のことに囚われがちで、長期スパンでの目標を立てられない子が多いのですが、4年後を見据えて努力しようと意識付けしている段階です。ベトナムの女子選手はサッカーを始めるスタートラインが14歳、15歳と遅めなので、基礎技術の部分も磨いていかないといけません」

強化はステップ・バイ・ステップ

トルシエ「ベトナムサッカーは今、大きな成長のうねりの中にあり、現ベトナム代表チームは東南アジアトップと言っても過言ではないでしょう。理論上はアジアトップ10を狙えるだけの力があるかもしれません」

「次のステップとしてアジアトップ5の仲間入りができれば、それはつまりワールドカップ行きを意味します。ただ、現実はそう簡単にいかないでしょう。現在開催中のワールドカップ・アジア2次予選で勝ち残り、上位12チームに入って最終予選に進むことが現実的な目標になります。これもベトナムにとっては大きな進歩であり、大きな成功であると考えます」

「このプロセスに基づいて、出場国数が48か国に拡大される2026年のワールドカップ出場を目指していくべき。成長というのは、急ぎすぎずに。ステップ・バイ・ステップです」

井尻「女子もベトナムは現在、AFF女子選手権とSEA Games(※東南アジアの五輪と呼ばれる国際大会)のディフェンディングチャンピオンという立場にあり、東南アジアではベトナムがナンバーワンと言えます」

「しかし、女子ではアジア全体を見ると、日本、韓国、中国、オーストラリア、北朝鮮という強豪がいて、ベトナムはこれらの国々とかなり実力的に開きがあるのが現状です。ベトナムでは今のところA代表の強化が最優先になっていて、若手育成の部分までは手が回っていない状況なので、これから優秀な選手を輩出していくためには、かなり長期的なことになりますが、5年後、10年後を見据えて、しっかりとじっくりと育成のピラミッドを形成する必要があると思います。やはり、ステップ・バイ・ステップですね」

(取材・文:宇佐美淳)

【プロフィール】
フィリップ・トルシエ
1955年生まれ。「白い魔術師」の異名で知られるフランス・パリ出身のサッカー指導者。現役時代は国内下部リーグでセンターバックとしてプレー。28歳で指導者に転身。フランス国内のクラブやアカデミーで指導した後、活躍の場をアフリカに移し、コートジボワール代表やナイジェリア代表の監督を務める。1998年から2002年までは日本代表監督を務め、小野伸二や本山雅志らを擁し“黄金世代”と呼ばれたU-20日本代表を率いて1999年のワールドユースで準優勝、中田英寿らが合流した2000年のシドニー五輪では日本を32年ぶりの決勝トーナメント進出に導き、2002年の日韓W杯では日本を史上初のベスト16に導いた。2018年にベトナムPVFアカデミーのテクニカルダイレクターに就任。2019年9月にU-19ベトナム代表監督に就任した。

井尻明(いじり あきら)
1970年生まれ。千葉県出身のサッカー指導者。高校サッカーの名門である市立船橋でセンターバックとして活躍し、高校総体で優勝、高校サッカー選手権で準優勝を経験。駒澤大学に進学した後、京都パープルサンガ、FC京都BAMB1993(現おこしやす京都AC)でプレー。現役引退後は指導者に転身し、JFAのS級ライセンスを取得。京都紫光サッカークラブジュニア/女子監督、FC京都BAMB1993コーチ、京都府トレセンコーチ、JFAアカデミー福島 U13/U18B監督、ナショナルトレセンコーチ、U-17日本代表コーチ、中国・広州富力足球倶楽部U15監督、AC長野パルセイロアカデミーダイレクターなどを歴任。2019年にJFAの指導者派遣によりベトナム女子代表のテクニカルダイレクターとU-19/U-16女子代表の監督に就任。

【了】

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