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アーセナルの未来は明るい。アルテタ監督は何を変えたのか? グアルディオラ級の片鱗を見せる改革を分析

ミケル・アルテタが急遽アーセナルの監督に就任してから、およそ2か月が経過した。順位は相変わらず9位と、中位をさまよっており、ヨーロッパリーグではオリンピアコスを相手にベスト32で敗退。結果だけ見れば決して良い状況とはいえない。しかし、アーセナルのサッカーはこの2か月で確実に良化した。選手のコメントもポジティブな内容が多く、未来を感じる。具体的にアーセナルは何がよくなったのか。(文・内藤秀明)

text by 内藤秀明 photo by Getty Images

オーバメヤンのハードワーク

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【写真:Getty Images】

 ウナイ・エメリ政権でのアーセナルの守備は本当にひどかった。指摘するべき点はいくつかあるのだが、もっとも致命的だったのは攻守の切り替えの遅さだろうか。ハードワークが苦手な選手も得意な選手も揃って、守備への戻りが遅く、カウンターからあっさりと失点することが多々あった。戦術的な修正以前の問題である。

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 当然その状況を認識していたアルテタは攻守の切り替えやハードワークの重要性を強調。出場する選手たち全員にそれを求めた。その際、鍵となったのはピエール=エメリク・オーバメヤンとの対話である。

 アーセナル公式のインタビューによると、アルテタは就任段階で、チームのスコアラーに対して一つの疑問を抱いていたそうだ。彼が守備をしないのは「モチベーションの問題なのか、体力的な問題なのか」という疑問である。

 しかしトレーニングを通じて、30歳のストライカーがフィジカル的には問題ないことがわかると、本人を説得。結果、今では左ウイングの位置からゴールを狙うだけでなく、誰よりも守備に奔走するようになったようだ。

 結果的に、得意ではない守備を急遽することになり、モチベーションが空回りして1月に行われたクリスタルパレス戦では危険なタックルで一発退場するというトラブルもあった。しかしこれも守備意識の改善の表れである。キャプテンであり、ロッカールームのムードメーカーでもあるオーバメヤンがハードワークしているのだから、他の選手がサボるわけにはいかない。

 こうして、本来は守備が苦手なメスト・エジルなどの中心選手を始め、アーセナルには守備の場面でサボるような選手はいなくなった。

 他にも守備時のコミュニケーションの徹底や、いくつかのルールを設計することで、アルテタはまずアーセナルの守備を立て直した。こうしてアルテタは、彼が就任するまではリーグ戦18試合で27失点、1試合で1.5失点していた守備陣を、9試合で9失点、1試合で1失点に抑えられるよう改善したのだ。

ムスタフィの覚醒

 他にもアルテタはビルドアップ面での整備にも着手。例えば左足でのキックに定評のあるグラニト・ジャカを、ビルドアップの場面では、CBと左SBの間にポジションをとらせるなどいくつかの工夫をこらした。

 機動力がないため、プレッシャーが厳しい状況ではミスも犯してしまうスイス代表MFは、このポジションチェンジによって、低い位置から悠々とゲームメイクができるようになった。このポジショニングは重心が後ろになりすぎるため現在は減ったが、アルテタ政権序盤戦は常にこの形から始まった。

 また組立てに関しては、これ以外にも明確にいくつかの型をチームに浸透させた。明確なルールの設定で発生するメリットはスムーズなパスワークだけではない。個々人が状況判断に迷わなくなったのだ。

 結果として起こったのは、これまでパスが苦手で低い位置でボールを失うことも多かったシュコドラン・ムスタフィが突然、組み立て能力が覚醒したのである。

 前政権時代には、常に迷いながらプレーしている印象だったドイツ人DFは、ルックアップしながら自信を持ってプレーし、2列目へ攻撃のスイッチとなる縦パスを当られるようになった。しかも以前は苦手としていた、相手のプレスにハメられた場面でも、素早い判断でクリアができるように。ビルドアップを捨てるべき判断も的確になった。ビルドアップ面での成長が本人に自信を与えたのか、今では守備の場面でも堂々と振舞うようになったほどだ。

 思い返すと、2017/18シーズン、マンチェスター・シティのペップ・グアルディオラが、本来はパスワークが苦手であるニコラス・オタメンディのビルドアップ能力を向上させてファンやメディアを驚かせた過去がある。アルテタはそんな名将の下でコーチを務めた経験から、CBのビルドアップ能力を改善する術を学んだのかもしれない。

好調な選手たち

 ハードワークで守備を安定させ、組立てもスムーズになるにつれて、チーム全体のポジショニングも抜群によくなった。今やチーム全体が、状況に応じて適切なポジションをとる。結果としてアーセナルのパスワークはいつになくスムーズであり、ゴール前に迫るとこまでは容易に持ち込めるようになった。

 一方で、ゴール自体はいきなりは増えず、引き分けが続く時期もあった。組織としては正しい動きをしているのだが、けが人が多く、またアレクサンドル・ラカゼットなど一部の主力選手がコンディション不良だったのだ。

 ただし、そんな攻撃不良の時期も抜けきったような印象だ。直近のリーグ戦2試合では7得点を決めて2連勝。ラカゼットはマッチフィットネスを取り戻し、シーズン序盤は苦しんだ新戦力のニコラ・ペペも突破力だけでなくスコアラーとしての才能も少しずつ見せられるようになった。

 他にもガブリエウ・マルティネッリなどエメリ時代から良いパフォーマンスを披露していた若手は引き続き好調で、そこにエディ・エンケティアという生粋のゴールスコアラーも台頭してきた。

 米メディア『ジ・アスレチック』によると、アルテタは21歳の気鋭の「ゴール前の嗅覚」を高く評価しているという。しかもエンケティアはポストプレーなどで、パスワークにも絡む才覚も見せる。

 チームは組織として整備されており、選手たちも好調。目の前、ELの敗退など悪い結果も続くが、少なくとも未来が明るいのは明白だ。

 アルテタからは既に、ペップのような名将の片鱗を感じることが多々ある。長らく迷走を続けたアーセナルを、スペイン人の知将がどのように勝者へと変貌させていくのか。

(文・内藤秀明)

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『フットボール批評issue29』


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≪書籍概要≫
なぜ、あえて今アーセナルなのか。
あるアーセナル狂の英国人が「今すぐにでも隣からモウリーニョを呼んで守備を整理しろ」と大真面目に叫ぶほど、クラブは低迷期を迎えているにもかかわらず、である。
そのヒントはそれこそ、今に凝縮されている。
感染症を抑えながら経済を回す。世界は今、そんな無理難題に挑んでいる。
同じくアーセナル、特にアルセーヌ・ベンゲル時代のアーセナルは、一部から「うぶすぎる」と揶揄されながら、内容と結果を執拗に追い求めてきた。
そういった意味ではベンゲルが作り上げたアーセナルと今の世界は大いにリンクする。
ベンゲルが落とし込んだ理想にしどろもどろする今のアーセナルは、大袈裟に言えば社会の鏡のような気がしてならない。
だからこそ今、皮肉でもなんでもなく、ベンゲルの亡霊に苛まれてみるのも悪くない。
そして、アーセナルの未来を託されたミケル・アルテタは、ベンゲルの亡霊より遥かに大きなアーセナル信仰に対峙しなければならない。
ジョゼップ・グアルディオラの薫陶を受けたアーセナルに所縁のあるバスク人は、それこそ世界的信仰を直視するのか、それとも無視するのか。

“新アーセナル様式”の今後を追う。

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【了】

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