11年、鮫島彩。「誇らしい」「チームが求めている」。フランスに残した「W杯王者」そのものの姿【リーグ・アン日本人選手の記憶(9)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。これまでにもセリエA、ブンデスリーガなどに多くのサムライが挑戦したが、自身の成長を求め新天地にフランスを選ぶ者も少なくはない。現在も酒井宏樹や川島永嗣がリーグ・アンで奮闘中だ。今回フットボールチャンネルでは、そんなフランスでプレーした日本人選手の挑戦を振り返る。第9回はDF鮫島彩。(取材・文:小川由紀子【フランス】)

2020年05月22日(Fri)10時00分配信

シリーズ:リーグ・アン日本人選手の記憶
text by 小川由紀子 photo Getty Images,Yukiko Ogawa
Tags: , , , , , , , , , ,

女子サッカーブームの時期に渡仏

鮫島彩
【写真:Getty Images】

 2011年の女子ワールドカップで優勝したあと、日本では『なでしこフィーバー』が巻き起こったが、同大会4位のフランスでも、このときを境に女子サッカーの注目度はグンと上がった。

【今シーズンの欧州サッカーはDAZNで!
いつでもどこでも簡単視聴。1ヶ月無料お試し実施中】


 女子サッカーを専門に扱うウェブサイトが新設されたり、FFF(フランスサッカー連盟)も、元フランス代表クリスチャン・カランブーの元妻でモデルのアドリアーナを推進大使に任命して、女子サッカーのニュースをホームページで積極的に扱うようになった。

 宇津木瑠美が所属していたモンペリエに鮫島彩が入団したのは、そんな時期だった。7月のW杯のあと、9月にはロンドン五輪アジア予選に出場し、休む間もなく渡仏した“サメ”こと鮫島が、9月下旬、モンペリエの練習場で行われた入団会見に臨むと、「サメはルミについで2人目の世界チャンピオン。彼女を迎えることができてとてもうれしいし、誇らしい」。ロラン・ニコラン会長は見るからに満足そうな顔で紹介した。

 サラ・エムバレク監督も、「フランスだけでなく欧州内を見ても、女子サッカー界では左サイドバックは常に人材不足。サメはサイドバックだけでなくより高い位置でもプレーできるポリバレントな選手。我々のチームはサイドからの攻撃に力を入れている。彼女の持つテクニック、フィジカルな動き、そして何より、90分を通して個人で打開できる力は、まさにこのチームが求めているもの」と期待をこめた。

 そして合流してわずか2週間足らずのジュビジー戦で、鮫島はさっそくフランスデビューを迎えることとなった。

 ジュビシーは6回のリーグ優勝を誇り、毎年タイトル争いに参戦するフランスの女子クラブの草分け的存在。モンペリエとはチャンピオンズリーグ出場権(上位2位)を狙う直接ライバルであり、敵陣でのそんな重要な一戦に、鮫島はデビュー戦にして先発で送り出された。

敵将も衝撃を受けた鮫島のプレー

 前半戦は左サイドバック、退場者が出た後の後半戦はサイドハーフでプレーし、さっそく1アシストを記録。試合は1-2で敗れたが、ドリブルで3人抜きからゴール前にクロスを上げたり、元フランス代表FWとの1対1の場面では相手のシュートに俊敏に反応して蹴り出すなど、初陣にして「やはり世界チャンピオンは違う!」と周囲をうならせるプレーを披露した鮫島に、監督も「さすが経験豊富な選手。チームへの順応の早さに驚いている」と高評価だった。

 フランスでの初戦を終えた鮫島は、「個々の接触で当たりの強さを感じました。(ここで)自分の持ち味を出せる場面はあると思う」と感想を語ったが、その持ち味を出せる場面はすぐにやってきた。

 デビュー戦の10日後に行われたリヨン戦。2006/07シーズンから5連覇中、前年度にチャンピオンズリーグ初優勝と絶好調のリヨンは、メンバーの9人が現代表というほぼフランス代表チーム。そして鮫島がマッチアップすることになったのは、代表60キャップ超えでチーム随一の俊足を誇るサイドアタッカー、エロディ・トミスだった。

 しかし鮫島は、『スピーディー』の異名をとるトミスに走り負けるどころか、後ろから追いかけ前に回り込んでパスコースを消す、といった好守備を連発。63分にエースをピッチから締め出す、期待を上回るプレーをやってのけた。敵将のパトリス・ライ監督も衝撃を受け、3ヶ月後のリターンマッチでは、鮫島を警戒してトミスを先発から外したほどだった。

 その後も鮫島は全戦で先発フル出場と主力に定着したが、とりわけ現地メディアを心酔させたのは、彼女のプレーの精度の高さだった。

「日本とは違うものを経験しないと面白みがない」

 いまだに思い出されるのは、試合前のウォーミングアップのシーンだ。

 二手に分かれて、向かいあってロングパスの練習をする際、鮫島は相手が蹴ったボールを受けるのに、右に行ったり後ろに下がったり、毎回大きく走らされていたが、相手の方は見事なまでに一歩も動くことなく鮫島のパスを受けていた。

「日本ではやったことがなかった」という左CKを初戦から任されたのも、このチームでなら当然、という感じだった。

 そのあたりの武器は踏まえつつ、鮫島が課題に上げていたのは「個」の勝負に勝つことだった。

「こちらは戦術よりも“個”の勝負。身体能力では絶対に勝てない相手とやるときに、自分がどれだけ意識してチャレンジできるか」。

 モンペリエでは、試合前に相手のスカウティングをすることもなく、毎回ぶっつけ本番。攻撃スタイルもパスでつなぐより、「とにかく前に放りこんでしまえ」という展開も多く、監督もときおり鮫島にロングボールを活用するよう指示を出していた。

 味方のタイミングに合わせるのに苦心する様子も見られたが、「言葉が違うのは難しい。日本のように細かくは言えないし戦術の理解も違う。そんな言葉が通じない中、戦術が違う中でも自分のプレーが出せるようにならないといけないな、と感じています。日本にいたらできているけど、こっちに来たらできない、というのであればそれだけの選手ですし、海外にきたからには、日本とは違うものを経験しないと来た面白みがないですから」。そう言って鮫島は毎試合、自分の課題をみつけて貪欲に取り組んでいた。

 デビュー戦のときから、鮫島の放つ言葉には凛とした強さを感じたが、それはW杯優勝を含む様々な経験の積み重ねから得た信念や自信、慢心のない自分への厳しさ、といった、彼女がこれまでたどってきた道を表現したもののように感じられた。

 2月下旬、鮫島がアルガルベカップに招集されたとき、なにげなく、「久々に代表メンバーで集合するのは楽しみですか?」と聞いたとき、彼女はキョトンとした表情になった。そして「楽しい…っていうのは、どういう感覚ですかね?」と言ったあと、こう続けた。

「この大会は五輪の選考も兼ねている。自分の持てる力を発揮しなければ、という思いで一杯です」。

1シーズンの滞在も…

なでしこ
宇津木瑠美(写真右)との「なでしこコンビ」はフランスの地でも際立っていた【写真:小川由紀子】

 デビュー戦のあとは、最終節まで2試合を除く全戦に先発出場。終盤までジュビジーと2位の座を争ったが、モンペリエは惜しくも3位に終わった。前年、決勝でサンテティエンヌにPK戦で敗れ、リベンジを誓っていたフランスカップでは、準決勝で難敵パリ・サンジェルマンを破って再度決勝に進出したが、残念ながらリヨンに1-2で惜敗し、トロフィー獲得はならなかった。

 この試合は、試合開始から13分でスウェーデン代表のFWロッタ・シュリンに2点を奪われる予想外の展開にモンペリエは苦戦。鮫島も、めまぐるしくポジションを変える相手の攻撃陣に翻弄され、身長差のあるシュリンと対峙した際にバランスを崩して倒れたり、トミスにも抜かれるなど、いつもの出来とは遠かった。

「個人的にはなにをどうすればよかったのかわからないほどできなかった。今日の結果については、『悔しい』と思えるところまでもいってない。ただやられただけ。(調子が悪かった)とかではなく、ふつうに個人技で抜かれていたということ。力の差じゃないですかね」。

 リーグ戦でトミスを抑え込まれた苦い思い出がある敵将のライ監督は「鮫島は本調子でなかった」と、「力の差」説を否定したが、周りの誰が何を言おうとも、自分自身が納得できなければ、鮫島にとってはそれがすべてにちがいなかった。

 シーズンが終わると、宇津木は残留を決めたが、鮫島はベガルタ仙台レディースと契約し、フランスを去っていった。

 宇津木との、あ・うんのタイミングでのパス交換からチャンスにつながる場面も多く、このシーズンのモンペリエで「なでしこコンビ」は際立っていた。残念だったのは、周りの選手にカバーリングの意識が薄い状況にあって、ピッチ上にできた「穴」を見通せる視野をもつ鮫島は守備フォローにまわることも多く、彼女の持ち味である攻撃面を存分に発揮できる場面が少なかったことだ。

 ただ、違う環境での体験は、新しいことを学ぶだけでなく、これまでの自分の良い点、足りない点を見直すチャンスでもある。1シーズンの滞在だったが、課題にぶつかりながら一戦一戦を全力でこなしていた鮫島の姿は、「W杯王者」そのものだった。

(取材・文:小川由紀子【フランス】)

【了】

新着記事

↑top