13年、熊谷紗希。「世界No.1のCB」「本当に別格」。リヨンで着実に上る、ワールドクラスへの階段【リーグ・アン日本人選手の記憶(12)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。これまでにもセリエA、ブンデスリーガなどに多くのサムライが挑戦したが、自身の成長を求め新天地にフランスを選ぶ者も少なくはない。現在も酒井宏樹や川島永嗣がリーグ・アンで奮闘中だ。今回フットボールチャンネルでは、そんなフランスでプレーした日本人選手の挑戦を振り返る。第12回はDF熊谷紗希。(取材・文:小川由紀子【フランス】)

2020年06月07日(Sun)11時00分配信

シリーズ:リーグ・アン日本人選手の記憶
text by 小川由紀子 photo Getty Images
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20歳で渡欧。そして最強リヨンへ

熊谷紗希
【写真:Getty Images】

 なでしこジャパンの主将、熊谷紗希は、2011年ワールドカップドイツ大会のあと、20歳で海外へ飛び出した。

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 2009年に加入した浦和レッズレディースを出て、目指した先はドイツリーグのフランクフルト。そこで2年間主力としてプレーし、2011/12シーズンにはチャンピオンズリーグ(CL)決勝戦の舞台にも立った。

 フル出場したその試合では、惜しくも0-2でリヨンに敗れたが、2シーズン後の2013/14シーズン、熊谷はそのリヨンの一員となっていた。そして今日まで、世界最強女子とも言われるこのクラブで、7シーズンにわたって絶対的な主力に君臨している。

 熊谷が入団した頃は、フランスの女子リーグ界が動き出した時期だった。

 リヨンが最強というヒエラルキーに違いはなかったが、それまでリヨンはリーグで唯一の完全プロクラブであり、国内のトップクラスの選手はおのずとここに集まった。

 しかし、2011年にカタール資本がパリ・サンジェルマン(PSG)の実権を握ると、女子チーム強化にも力を入れ始めた。プロ化したのはもちろんのこと、常勝リヨンを誕生させたファリド・ベンスティティ監督を迎え入れ、さらに各クラブから優秀な選手を高待遇でどんどん引き抜き、『リヨンに追いつけ! 追い越せ!』を旗印に、急激に力を増していた。

 そのことで、追われる側のリヨンにも変化が訪れた。周りのレベルが上がっていく中で牙城を守るには、持続性のある真の強さが必要。そのためには強い個の選手を集めるだけでなく、集団として戦う意識の高いチーム力を育むことが重要だった。

 そうしてベンスティティ監督の後「とにかく勝つチーム」を担った将軍型のパトリス・ライー監督から、国立養成所で長く女子チームを指導した、より育成型のジェラール・プレシュール監督へとバトンが渡された。そして、このプレシュール監督の元でプレーした3年間が、熊谷を大きく成長させたように思う。

熊谷とルナールのコンビは「世界最強」

ウェンディ・ルナール
熊谷と鉄壁のCBコンビを形成したウェンディ・ルナール【写真:Getty Images】

 入団初年度の指導者だったライー監督も、「私にとってクマガイは、現在の女子サッカー界で世界ナンバー1のセンターバック」と公言してはばからないほど熊谷を高く評価していたが、プレシュール監督とは、お互いが求めるサッカーが一致していた。

 熊谷はプレシュール監督について、「私にとって、やるサッカーが合う監督」と話した。

「目的、やるべきことがはっきりしているので、自分の持っていることを出せばいい。これが、パワーやロングキックで、となったら、自分は『違うかな…』という感じなんですが、テクニックだったり、ボールを回すことを重視する監督なので。このサッカーでタイトル獲りたいって、すごく思う」。

 そしてプレシュール監督も、「わたしの求めるサッカーをプレーできる選手としてサキを絶対的なスタメンに考えている」と、就任後ほどなく会長に熊谷の契約更新を願い入れた。

 ジャン・ミシェル・オラス会長にとってももちろん異論はなかった。むしろ彼は契約延長を急いだ。その理由は、シーズン後にW杯があったから。

「サキ自身が素晴らしいディフェンダーである上に、彼女とウェンディとのセンターバックコンビは、現在のクラブ界では世界最強だ。彼女のプロフェッショナリズムをわたしは大変高く評価している。だからどうしても、(注目を浴びるであろう)今年のW杯前に彼女をキープしておきたかった」。

 契約延長が成立したあと、会長はそう話している。

 熊谷と同じ90年生まれのウェンディ・ルナールは、1m87cmという堂々とした体躯を誇り、将来フランス代表を担う大型新人として大きな期待を寄せられていた。フィジカル能力を生かして「上」で勝負するルナールと、ボールの出どころを見極めるなど「下」をケアできる熊谷のコンビネーションは抜群だった。

 一度、PSG戦の会場で男子チームのキャプテン、チアゴ・シウバの姿を見たことがあったが、世界ナンバー1センターバックと言われた彼も試合後、熊谷とルナールのコンビについて、「この2人のコンビネーションは一体なんだ!? 機能性がもの凄い! 素晴らしい!」と絶賛していた。

指揮官が高く評価した熊谷の能力とは

 プレシュール監督の下では、中盤で使われる機会も増えた。とりわけ2015/16シーズンに、現在フランス代表でもルナールとコンビを組むグリッジ・ムボックが加入してからは、中盤の攻守切り替えの要所でボールを奪い取り、即座に好パスを出して攻撃につなげる、という熊谷の働きが、チームの重要な駆動力になった。トップで張るFWロッタ・シェリンも、熊谷からのパスを予測して動き、絶妙な縦パスからのシュートはリヨンの効果的な攻撃オプションになった。

 攻撃の起点になれるパスのテクニックやゲームの流れを分析するインテリジェンスに加えて、監督が熊谷についてとくに評価していたことがある。

「熊谷がなにより優れているのは、ゲーム中のディシプリンだ。自分が何をすべきか、してはいけないかを常にきっちり考えてプレーを遂行できる。そしてそれは、ディフェンダーにもっとも求められる素質でもある」。

 そしてもうひとつ、判断力の良さ。

「常にその時点において何が一番効率いいか、ということをとっさに判断してプレーを選択できる。そしてそれを可能にする足下のボールテクニックを備えている。とりわけ成長したのは、攻撃展開のときだ。ときにはよりダイレクトでないプレーを選択するなど、その局面ごとにどのような展開をしていくのがいいかという判断力が格段に向上した」。

CL決勝でMOM。その後もタイトルを総なめ

熊谷紗希
熊谷はCL決勝でPKのラストキッカーを務めこれを成功。優勝の立役者となりMOMにも輝いた【写真:Getty Images】

 2016年5月26日、イタリア、レッジョ・エミリアのマペイ・スタジアムで行われたCL決勝戦。ヴォルフスブルクとの対戦は、延長戦を終えて1-1。PK戦にもつれこんだ。

 そこで、勝敗を決定することになるかもしれない、5人目のキッカーという大役を授かったのが、熊谷だった。すでにリヨンでは普段の試合からPKキッカーに定着していたし、なんといっても彼女は、2011年のW杯・決勝アメリカ戦でも、勝利を決めたラストキッカーだ。スコアは3-3。熊谷のシュートが入ればリヨンの優勝、という場面。

「とにかく自分のペースで」と自分に言い聞かせながら蹴ったというシュートは、左に反応したGKの逆をつき、きれいな直線でネットに突き刺さった。

 リヨンが4年ぶりの欧州女王返り咲きを決めた、象徴的なシュート。しかしそれだけでなく、周囲と絶妙なバランスをとりながら中盤を抑えたボランチでの仕事ぶりが評価され、栄えあるマン・オブ・ザ・マッチにも選ばれた。

 この年、熊谷は国内リーグ、フランスカップ、CLの3冠達成。2017/18シーズンは、フランス杯決勝でPSGに敗れて2冠に止まったが、翌年は3冠を奪回してCLは現在4連勝中。コロナ禍で中断された今シーズンもリーグ優勝が決定し、トロフィーは着々と増え続けている。

 プレシュール監督のあと、2017/18シーズンに着任したレイノルド・ペドロス監督の下では、はじめてベンチスタートを経験したが、端から見る限り、熊谷のコンディションというより監督の戦略上のチョイスだった。しかし、それも選手たちから「不可解である」と不評をかっていたようで、ペドロス監督は2年でクラブを去った。

 そして現在は、PSGのOBで、現役引退後はPSGで長年リザーブコーチを務めたジャン・リュック・バッサーが率いている。

「このクラスの選手は本当に別格」

 今年1月、熊谷はリヨンとの契約を2021年6月まで延長した。長期欠場するようなことさえなければ、ロッタ・シェリンを抜いて、リヨン史上、もっとも多くの試合に出場した外国人選手となるだろう。

 運動部のかっこいい先輩、というイメージの熊谷は、いつもハツラツとしていてい気持ちが良い選手だ。それに思ったことを、ストレートに表現してくれる。中でもとくに印象的で、その後も何度となく見返しているものがある。

「ミスをすれば怒られたりもする。けれど、自分の中で狙いを持ったチャレンジの中でのミスなら、自分の中で消化できる。それは次にいけるミスなので。自分のやっていることを自分が見えている中でのチャレンジだったら、次はこうできる、というのがあるから、それはミスとは思わない」。

 適当にやっていた中での失敗はプラスにつながらないが、意識して取り組んでいた中での失敗は、それが改善点を知る気づきになる。サッカーに限らず、生きる上でのあらゆる場面で教訓にできる言葉だ。

 リヨンのスタッフも感心していた。「彼女は自分に必要なものは何かをしっかり認識しているから、日々の練習でも、常に明確な目的をもって取り組んでいてブレがない。『このクラスの選手は本当に別格なんだな』と、彼女を見るたびに思う」と。

 だがそのストイックさの延長線上には、リヨンの仲間たちが大好きで、彼女たちと一緒にやれるのがうれしくてたまらない、という思いがある。

「普段の練習、一日一日が楽しいし、戦いだし、そういう環境で出来ている、ということはすごく大事だと思う。必要とされているのは嬉しいです。それにみんなとできていることは私自身もうれしい。チーム内の雰囲気もすごくいいし、自分が貢献できていると感じられる」。

 自分の成長を追い求めるのも、大好きな仲間に貢献できるから、みんなで一緒に笑いたいからなのだろう。

(取材・文:小川由紀子【フランス】)

【了】

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