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東京五輪を前に考えなければならない。スポーツに欠落するジェンダーの視点【サッカー本新刊レビュー:試合が2倍おいしくなる本(1)】

text by 実川元子 photo by Getty Images

小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(実用書、漫画をのぞく)を対象に受賞作品を決定。このコーナー『サッカー本新刊レビュー』では2021年に発売されたサッカー本を随時紹介し、必読の新刊評を掲載して行きます。東京オリンピックの開幕が近づく今回は特別にスポーツ本を紹介します。


『<体育会系女子>のポリティクス 身体・ジェンダー・セクシュアリティ』


(関西大学出版部:刊)
著者:井谷聡子
定価:2,200円(本体2,000円+税)
頁数:268頁

 日本の「近代スポーツ」は明治45年(1912年)ストックホルムで開催されたオリンピックへの参加から始まると言っても過言ではない。それまで欧米<列強>諸国しか参加していなかったオリンピックに、初めてアジアから日本が参加した。世界(欧米<列強>限定だが)とのレベルの差を見せつけられた日本の政府と教育行政は、「欧米に追いつき追い越せ」をイデオロギーとして学校体育に取り込んだ。

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 だが、オリンピックはそもそも「国家主義と帝国主義に取り込まれ広がってきた」スポーツの祭典だ、と井谷はいう。イギリス(当時は大英帝国)やフランス、ドイツといった欧米<列強>14カ国が参加して1896年に始まったオリンピックにおけるスポーツは、欧米白人上流階級の男性の身体しか想定していなかった。よって<列強>が当時、植民地支配していたアジアやアフリカなどの国や地域の身体文化への敬意や関心は当然なかった。

 また全種目に女性が参加するようになったのが実に2012年ロンドン大会であることを見ても、オリンピックは女性の身体も想定していなかった。実際には女性は第2回パリ大会から参加したが、種目はゴルフやテニスなど上流階級で嗜好されていたスポーツだけで、IOCや大会組織委員会の白人男性たちが考える「女らしさ」をそこなわない服装(つまりは肌を露出させない)でできるものに限られていた。女性は今では男性がするものと思われていたスポーツにも参加している。だが井谷は、オリンピックのようなスポーツ・メガイベントにおいては『「男らしい」男子選手、「女らしい」女子選手が自国や自民族の象徴として表象されることで、ジェンダー化された国民アイデンティティが強化されていく』という。

『<体育会系女子>のポリティクス』で井谷は、代表的な「男らしい」スポーツとしてサッカーとレスリングを取り上げ、そこで活躍する女子選手たちのジェンダー意識をその言説から分析している。注目したいのは、筋肉がついて「女の子らしい」服が着られない/似合わなくなるとき、選手たちは鍛えて強くなったことへの誇りとともに、自分たちの身体が女性としては例外的であることを知るという言説だ。また監督からは「女を捨てろ」「男とつきあうな」と言われても、「強くなるためには仕方ないかな」と女子選手たちは思う。周囲から「すごい筋肉質で男みたい」と声をかけられ、アスリートなのだと打ち明けると皆そこで「それならわかる」となる。つまりスポーツで鍛えて「男みたいな身体」になった女性を周囲は「女らしくない」「女を捨てている」と見るが、アスリートと聞けばその身体にも納得する。井谷は「筋肉の発達した彼女らの強い身体は、体育会系女子言説を通じて理解可能性を担保する言説であると同時に、規範的女性身体の再生産の失敗を示すものでもある」と書く。体育会系女子言説=スポーツをするために強く鍛え上げられた女性の身体をアスリートということで周縁化してしまい、既存の「女らしい身体」の規範をより強化してしまう、ということだ。

 井谷は「ジェンダーの視点を持たずにスポーツは論じられない」という。本書を読めばジェンダーの視点がいかにスポーツから欠落していた(いる)かが説得力をもって理解されるはずだ。私たちを縛っている「女性は男性よりも身体能力が劣る」「女性に向いた/向かないスポーツがある」というジェンダーの呪縛から解放されて、スポーツを新たな視点から楽しむ手がかりとなる内容である。オリンピックを契機にスポーツ・メガイベントのあり方を考えなくてはならない今、ぜひアスリートだけでなくスポーツを愛する人たちが読むべき好著である。

(文:実川元子)

翻訳家/ライター。上智大学仏語科卒。兵庫県出身。ガンバ大阪の自称熱烈サポーター。サッカー関連の訳書にD・ビーティ『英国のダービーマッチ』(白水社)、ジョナサン・ウィルソン『孤高の守護神』(同)、B・リトルトン『PK』(小社)など。近刊は小さなひとりの大きな夢シリーズ『ココ・シャネル』(ほるぷ出版)。

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