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日本代表 2年前

「狂ったような雰囲気、本当に強烈だった」。サッカーの試合がユーゴ内戦の発端となった瞬間【ウルトラスの正体・セルビア前編】

text by ジェームズ・モンタギュー photo by Getty Images

如何に「ウルトラス」は変容し、世界中に広まっていったのか。世界各国の「ウルトラス」たちの正体を追った11月18日発売の『ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』より、第二部「名もなく、顔もなく」所収の第五章、「セルビア スタジアムから戦場に直行した若者たち」の一部を抜粋して前後編で公開する。今回は前編。(文:ジェームス・モンタギュー、訳:田邊雅之)

暴徒と化したファンが外で暴れるのを聞く羽目に

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【写真:Getty Images】

 ユーゴスラヴィアの内戦は、第二次大戦後に起きた戦争の中で、最も陰惨なものの一つに挙げられる。しかも、その過程にはサッカーが深く関わっていた。

 建国の父、ヨシプ・ブローズ・ティトーは1980年に死去。これを境にユーゴを構成していた各共和国では、自主独立を目指す民族主義が高まっていく。きな臭い雰囲気が漂い始める中、1990年には決定的ともいえる一戦が行われる。

 5月13日、クロアチアの首都ザグレブのスタディオン・マクシミールでは、ディナモ・ザグレブ対レッドスター・ベオグラードの試合が開催された。この試合は、ヨーロッパのサッカー史において、最も物議を醸すものの一つとなってきた。

 当時は5000人ものデリイェ(レッドスターのウルトラス)がベオグラードから遠征してきていたが、彼らとディナモのウルトラスである「ブルー・バッド・ボーイズ」(1986年、ショーン・ペンが出演した『バッド・ボーイズ』にちなんで命名された組織)が衝突。プラスチックのシートを外して投げつけるような事態に発展したため、試合は途中で打ち切られてしまう。

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「張り詰めた空気、狂ったような雰囲気、本当に強烈だった」

 レッドスターの一員として試合に出場していたミオドラグ・ベロデディチは、2017年にこんなふうに語ってくれた。

「そのうちフェンスが破られて、ファンがピッチになだれ込み始めた。コーチたちは『ロッカールームに行け、今すぐだ!走れ!』と言ったから、みんなが走って逃げたんだ」

 選手たちは狭い部屋に閉じ込められ、暴徒と化したファンが外で暴れるのを聞く羽目になる。

 だが彼らが避難した直後、ピッチ上では最も衝撃的な事件が起きていた。ディナモ、そして後にACミランで活躍したミッドフィルダーのズヴォニミール・ボバンが、ユーゴスラヴィア人警官の顔面に跳び蹴りを食らわせたのである。

 ボバンはクロアチアの民族主義者の間で、英雄視されるようになる。ユーゴスラヴィアは六つの連邦共和国から成り立っていたが、セルビアが不当に大きな権力を享受しているという不満が常に存在していたからだ。その象徴の一つが、セルビア人たちが牛耳っているとされる警察組織に他ならなかった。

 この試合とボバンが取った行動は、歴史的に決定的な意味を持っていた。セルビアの支配に対して、クロアチアが自主独立を勝ち取る戦い、いわゆるクロアチア独立戦争の前哨戦になったと位置付けられたのである。

(文:ジェームス・モンタギュー、訳:田邊雅之)

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劇的なドラマ、スター選手、華麗なテクニック、そして戦術。 ゴール裏のスタンドには、これらの一般的な目的とは全く異なる理由で、 サッカーの試合に熱狂する人々が膨大に存在する。 それが今日のサブカルチャーを作り上げた「ウルトラス」だ。 彼らは世界中のスタジアムを発煙筒の煙と怒号で満たしてきたが、我々はこの異質なファンのことを何も知らないに等しい──。

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【了】

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