「サッカー本大賞2022」全作品の選評を紹介

2022年04月05日(Tue)17時00分配信

優秀作品並べ

 第9回開催となる「サッカー本大賞2022」授賞式はオンライン配信で行われ、優秀作品が表彰、各賞が発表されました。

 今年も数多く出版されたサッカー本の中から選ばれた12作品の選評を紹介。あなたの読みたい一冊がきっと見つかるはずです。

<選考委員による選評>

<大賞>

ディエゴを探して(イースト・プレス)
藤坂ガルシア千鶴:著

 世界の誰もが知るサッカーの神として、もしくは悪童としての「マラドーナ」ではなく、「素顔のディエゴ」ともう一度出会い直そうとした藤坂ガルシア千鶴の旅路。彼女にとっても運命を変えた人であるディエゴの死をきっかけに、自身と稀大のサッカー選手の関係性を見つめ直そうとした過程は、今までに書かれた自叙伝や批評とはまったく異なる手法でマラドーナを柔らかく包み込む。ああ、寛大で素朴で気立の良いディエゴよ。特に、内気な少年が才能の片鱗を輝かせはじめた8歳から15歳までの話は、長年現地で時間を過ごし人と交わってきた藤坂でなくては辿り着かなかったエピソードだろう。取材した事実と藤坂の想いが心地よく交錯する極上のエッセイが日本語で読めるということは、今後長らくディエゴ・アルマンド・マラドーナという人物が、日本で特別な愛され方をする理由になるはずだ。そして、願わくばこの本が多言語に翻訳され、世界中で新しいマラドーナ像ができるきっかけとなりますように。(幅)

<特別賞>

FCバイエルンの軌跡 ナチズムと戦ったサッカーの歴史(白水社)
ディートリヒ・シュルツェ=マルメリング:著、中村修:訳

 著者は、著名なサッカージャーナリストであると同時に、サッカー史の研究者。ドイツの人気クラブ、FCバイエルンの歴史を紐解いて、クラブがいかにナチスのユダヤ人虐殺に蹂躙され、あるいは抵抗してきたかを主軸に、百年以上の物語を紡ぐ。学術書として重厚な書き方になっているため、ちょっと読むと取りつきにくいが、物語のなかに入りこむと、こんなに知らなかったことが書いてある本も珍しいだろう。たとえば、ドイツのサッカー界の「ユダヤ人」に話が及ぶと、彼らはユダヤ人として記述されることはない、など、目から鱗の話がたくさん。どうしても気になる現今の世界情勢からみても、この分厚い研究書の持つ意味は大きい。(陣野)

<特別賞>

ULTRAS(ウルトラス)世界最凶のゴール裏ジャーニー(カンゼン)
ジェームス・モンタギュー:著、田邊雅之:訳

 英国人ジャーナリストが世界を巡り、体を張ってスタジアムの荒くれ者に突撃した傑作ルポ。「俺のち○ぽを舐めろ」なるチャント、「警察はどいつもこいつもクソ野郎」を意味する落書きなど、辞書にもガイドブックにも載っていない下品な情報が満載だ。しかし本書の読みどころは、発煙筒のスモークの向こうに見える権力者の手口、差別の構造、暴力の理由……。2022年春、ニュースは連日ウクライナ情勢を報じているが、本書を読むとその背景がよくわかる。あぁ、ディナモ・キエフの最強フーリガンを通して語られるウクライナ現代政治史の生々しさよ。エジプト「アラブの春」のその後、ドイツ東部で極右政党が躍進した背景など、世界のいまがぎっしり詰まっていて圧倒された。(金井)

<読者賞>

サムシングオレンジ THE ORANGE TOWN STORIES(ニューズ・ライン)
藤田雅史:著

 スタジアムで、しみじみすることがある。同じ色に身を包み手拍子を揃えていても、人生の物語は一人ひとりまったく違うのだ。試合終了のホイッスルが鳴れば、それぞれの暮らしに戻っていく……。本書は、アルビレックス新潟サポーターたちの日常を描く連作短編集。忘れられない恋、離れて思う故郷、破綻寸前の結婚生活など抱えているものはさまざまで、でもいつも傍らにアルビのオレンジ色がある。サポーターズマガジン『ラランジャ・アズール』の連載をまとめた一冊だけに、なんだかビッグスワンに行けば登場人物たちに会えるような気がする。オレンジ色のチームを応援していなくても、サッカーに人生の一部を乗っ取られたことがある人ならきっと共感できるはず。(金井)

<優秀作品8作品>

カルチョメルカート劇場 世界一クレイジーな移籍市場の秘密をすべて教えよう(ソル・メディア)
ジャンルカ・ディ・マルツィオ:著、片野道郎:訳

 ご機嫌なイタリア男が、ワインを飲みながら、カルチョメルカート(移籍マーケット)の抱腹絶倒エピソードを語り明かす……そんな一冊だ。著者のジャンルカ・ディ・マルツィオはセリエAの監督の息子として生まれ、10代の頃からカルチョの裏側を見聞きし、業界初の「移籍専門記者」になったツワモノ。マラドーナやバッジョが行き交う80年代、ヒデトシ・ナカタが欧州に躍り出た90年代、コロナ禍に見舞われた19-20シーズンまで、縦横無尽に語られる。「こうなりゃ拉致して書類偽装よ」「元チームメイトの妻と禁断の恋さ」「なんとローマ教皇庁が……」なーんて、ジャンルカさんのリズミカルなおしゃべりが聴こえてくるよう。「ウソでしょ!?」を連発しながら、一気読み。(金井)

〝サッカー旅〟を食べ尽くせ! すたすたぐるぐる 埼玉編(西葛西出版)
OWL magazine:編著

 Web雑誌に掲載された共著者(=スターティングラインナップ)8名からなる文章の書籍化。サッカーファンであることの周辺的な話題の徹底という点でのユニークさが評価されました。なので本書のライバルは書籍ではなく、毎週土曜21時からの地域密着型バラエティ『出没! アド街ック天国』(テレビ東京系)かもしれません。この本の「あなたの街の宣伝部長」は、イノセントな文体を持つ中村慎太郎氏。『サポーターをめぐる冒険 Jリーグを初観戦した結果、思わぬことになった』で第2回サッカー本大賞を受賞しています。本賞OBの氏が独立系の西葛西出版を立ち上げ、思いがけないプロデューサー能力を発揮した点も評価されました。(佐山)

いまさら誰にも聞けない サッカー隠語の基礎知識(カンゼン)
サッカーネット用語辞典:編著

 主に日本のサッカーの世界に蔓延している、ダジャレを含めた「隠語」について、微に入り細を穿って解説した本。ちょっとそれ、説明過剰だよな、と思う部分がないでもないが、これくらい踏み込まないと「基礎知識」としては面白くない。無作為に頁を開いて読み進めて、一種のコラムのようにして読むと楽しめると思う。たとえば「ケチャップドバドバ」とか、「中位力」とか、「ゼイワン」とか、「オシムって言っちゃったね」とか。知っている人や長くサッカーファンをやっている人には、ああ、そうそう、くらいの感じだと思うが、若いサッカーファンは、これを読んで、サッカー史の小ネタに強くなろう。え? 「モウイーヨ」? おあとがよろしいようで。(陣野)

蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景(エクスナレッジ)
宇都宮徹壱:著

 国内外のさまざまなフットボールシーンを文化や歴史を通して紹介する宇都宮の一冊は、47都道府県のフットボールの風景を写真と文章で伝えるもの。その都道府県におけるJクラブの有無には捉われず、チームの強い、弱いとは別の側面から「フットボールのある風景」を切り取ろうとする公平な姿勢がまず魅力的だ。フットボールを通じて日本全国を行脚する姿勢は、宇都宮がライフワークとして続けている仕事だが、本作は彼の写真表現やエディトリアルデザインが際立つ、眼で見て愉しい旅の本となっている。紙の選択から版形の妙など、この時代に紙束の本を出版し、長く保有し続けてもらう理由をしっかり見据えた本づくりは精密。小さなラーメンの写真の一枚の構図にも血が通っている。気軽に旅に出られない時代だからこそ、未知の場所に思いを馳せるこんな本が必要なのだと思う。(幅)

旅する練習(講談社)
乗代雄介:著

 すでに文学の世界でも高く評価されている小説。中学受験が終わったら大好きなサッカーに打ち込めると思っていた少女は、コロナ禍で自由に動けない。小説家の叔父さんとカシマスタジアムを目指して、ドリブルする小さな旅に出る。サッカーの試合が描かれるわけでもないし、ジーコが出演するわけでもない。だが、途中で二人に合流する「みどりさん」を含め、ぎこちなくしか生きていけない人々がちょっとだけ触れ合う、小さな旅は忘れがたい味わいを読者に残してくれる。ドリブルって、サッカーの基本。同じようにこの小説には、日記と書簡が随所に出てくる。小説の基本中の基本として、日記と手紙が使われるあたり、サッカーとのアナロジーは小説の形式においても効いている。賛否の分かれる結末まで、読者を惹きつけてやまない。(陣野)

ディエゴ・マラドーナの真実 追悼・増補版(ベースボール・マガジン社)
ジミー・バーンズ:著、宮川毅:訳

 97年の初冬に専門誌連載から一冊になったのがこの本の大元。感心したのは、マラドーナの命が尽きたあとに新しく再構成して3章半分を書き足したことです。それが「増補版」と銘打つ理由なのでしょうが、なかなか出来ることではありません。ノンフィクションの書き手は粘り強いけれど、書き終えてしまえば案外淡白で関心はもう次へというタイプが多いからです。世紀を跨いでからの記述でとりわけ印象に残ったのが、補章にあたる「マラドーナ・イン・メキシコ」の項。Netflixの同名密着ドキュメンタリーを観て最晩年の姿を知った人にはうってつけの解説で、文学的ジャーナリスト、バーンズ氏ならではの力業を感じとれるはずです。強く広く推せる超安定銘柄。それがやがて古典となるであろう本書なのですが、いくつか見受けられた誤植が残念なところ。(佐山)

フットボール新世代名将図鑑(カンゼン)
結城康平:著

 本書冒頭には「あらゆる世界は、毎日陽が東から昇るように、新しい時代を若者が作るのを求めている」という、先崎学九段が第76期将棋名人戦で残した言葉が登場する。時代の新しい胎動を感じ、理解し、近づく。それはどの分野でも連綿と続くサイクルではあるが、サッカーの監督業に限定すれば、驚くほどその新陳代謝は早いと確信させる一冊だ。グアルディオラやクロップを継いでゆく存在として、ナーゲルスマンとラインダースの二人を筆頭に、若い彼らが継承しているもの、新たに取り組んでいることを具体的に解析。多様な背景と来歴を持つ若き指揮官たちが、どのようにオリジナリティを発現していくのか実に興味深い。気になる若手監督のレファレンスとしても読めるし、アカデミックな戦術理解の基本図書としてもわかりやすい親切な設計の一冊。(幅)

予測不能のプレミアリーグ完全ガイド(三栄書房)
内藤秀明:著、サッカー新聞エルゴラッソ編集部:編

 BIG6(マンチェスター・シティ、マンチェスター・ユナイテッド、リバプール、チェルシー、トッテナム・ホットスパー、アーセナル)中心の戦国時代が来つつあるプレミアリーグのはずだったのですが、ヨーロッパでは本当の戦いが起きてしまいました。チェルシーFCへの大制裁もさることながら、予測不能だったのはむしろ順位より国際政治だったというあたりが皮肉です。前作では10代の頃からの「自分の好きなことを、めいっぱい話せない孤独感」について触れていました。しかし今ではもうプレミアに関する押しも押されもせぬ第一人者。アウトオブデイトな世代には有り難いアップトゥデイトな書きっぷりが冴え、岡崎慎司らとの対談構成には英国パブ文化の香りも漂い、ひと刻みの向上を感じさてくれました。(佐山)

【了】

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