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コラム 6か月前

「ちょっと冷酷になって」森下龍矢は思考回路を変えた。サッカー日本代表で見せた成長の証「この繰り返しが…」【コラム】

シリーズ:コラム text by 藤江直人 photo by Getty Images

「海外へ行ってからすごく研ぎ澄まされてきた」「僕のプレースタイルは…」

「落ち着いて決められたところがフォーカスされると思いますけど、ボールが逆サイドにあるときに、自分は常に(相手ゴール前へ)入っていったので、それがゴールにつながったと思っています」

 
 もしかすると、無駄走りになる可能性のほうが大きいかもしれない。それでも、チャンスのたびに森下はひたすら上下動を繰り返した。そして、見返りは果てしなく大きかった。森下がさらに胸を張る。

「僕のプレースタイルは、点を取ること。そのためにあの位置へ、労を惜しまずに常に走り込むところが僕の強みでもあるので。日本でプレーしていたときから運動量のある選手と言われてきましたけど、どのように運動量を使うのか、といった部分が、海外へ行ってからすごく研ぎ澄まされてきたと思っています」

 敵地パースで5日に行われたオーストラリア代表戦はリザーブのまま、0-1の敗戦を見届けた。このとき、森下は、2023年9月のヨーロッパ遠征へ招集されたときの記憶を蘇らせていた。ドイツ代表に4-1、トルコ代表には4-2で快勝した2試合で、森下はともに出場機会を得られずに終えていた。

「トルコ戦では1分間でも出たいと思い、最後まで一生懸命アップしていました。あのときは本当に悔しかったし、オーストラリア戦で出られなかったときには、今回もそうなるんじゃないかとちょっとよぎりましたけど、そこからが海外で得たたくましさなんですかね。試合に出たら絶対にやる、というたくましさみたいな思いを、しっかりとキープしたまま代表活動に取り組めたところに自分でも成長を感じました。

 そのなかで、今回のインドネシア戦で先発すると決まったときには、オーストラリア戦で味わった悔しさというか、ベンチで試合を見ながら『自分だったらここで点を決められるかもしれない』と思った、もどかしさみたいなのをピッチで絶対に晴らそうと。その意味でも、すごくよかったと思っています」

 ドイツ遠征時は名古屋グランパスに所属していた森下は、同年末にポーランドのレギア・ワルシャワへ期限付き移籍。直後の2024年元日に国立競技場で行われたタイ代表との国際親善試合で左サイドバックとして先発し、68分間プレーした一戦を最後に、森保ジャパンで長期にわたる空白期間が生じていた。

 この間、ポーランドの地でも逆風にさらされていた。左右のWBでプレーできる点が評価されての移籍だったが、得点にほとんど絡めなかった軌跡が酷評され続けた。期限付き移籍の期間は1年。このままならどのような未来が待っているのか。言葉はよくわからずとも、森下はひしひしと感じていた。

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