明治安田J2リーグ第34節、ベガルタ仙台はサガン鳥栖を相手に劇的な逆転勝利を収めた。6人目の交代選手としてピッチに投入された小林心は、ユアテックスタジアム仙台に歓喜をもたらした。チャンスを待ち続けた苦労人が、J1昇格を懸けた終盤戦の切り札になろうとしている。(取材・文:藤江直人)
「体が自然と動いて…」

【写真:Getty Images】
すでに80分の段階で5枚目の交代カードは切られていた。それでもベガルタ仙台の小林心は、ホームのユアテックスタジアム仙台のピッチに立つ自身の姿を思い描きながらアップを繰り返した。
対戦相手のサガン鳥栖が一挙に3人を代えた62分。そのなかで西矢健人は脳震盪交代となり、仙台の交代枠も自動的にひとつ増えていた。
最後の6人目は自分しかいない。その場合は78分に反撃、82分には同点のゴールを決めながら、足が攣っていた宮崎鴻の代わりに最前線のポジションに入る。
8分台が表示された後半アディショナルタイムの93分。小林が思い描いていたイメージは現実のものになった。しかも、的中したのは途中交代の場面だけではなかった。努めて冷静な口調で小林が言う。
「アップしながら自分が点を取るビジョンも思い描いていた。背後への抜け出しからゴールを決めると、自分のなかで強く意識していたからこそ、体が自然と動いてあのゴールにつながったと思っている」
キックオフ前の時点で鳥栖が勝ち点56の6位、仙台が同55の7位で迎えた26日のJ2リーグ第34節。仙台が敗れればJ1へ自動昇格する2位以内だけでなく、J1昇格プレーオフへ進める6位以内も遠のく6ポイントマッチは31分に鳥栖がPKを決めて先制。エンドが変わった49分にも追加点をあげた。
71分には途中出場していた仙台のDF石尾陸登が相手選手へ見舞ったタックルが「著しく不正なプレー」と見なされて一発退場。仙台の森山佳郎監督も一時は敗北を覚悟したと打ち明けながらこう続けた。
「絶対に終わらせないという執念のようなものが…」
「選手たちの『絶対に終わらせない』という執念のようなものが本当にすさまじかった」
前述したように78分にキャプテンの郷家友太のパスをペナルティーエリア内の左で受けた宮崎が、ポストプレーから巧みに反転しながら右足のアウトサイドで放った一撃をゴール右隅へ叩き込んだ。
数的不利でも高い位置を取れるようになった仙台が攻勢を強めるなかで、4分後の82分には敵陣中央でのこぼれ球をボランチ鎌田大夢が敵味方の誰よりも素早く拾う。
鎌田からボールを託された宮崎が反転から迷わず右足を一閃すると、相手選手に当たったシュートはコースを変えてゴール左隅へ吸い込まれた。
奇跡の大逆転劇へ。ボルテージを一気に高めた仙台のファン・サポーターの大声援に後押しされるなかで、小林が劇的をはるかに超越する逆転ゴールを流し込んだのはアディショナルタイムの99分だった。
武田英寿が右コーナーキック(CK)を放った直後。鎌田からボールを奪った鳥栖が乾坤一擲のカウンターを発動させようとした矢先に、プレスバックしてきた鎌田が執念のスライディングタックルでボールを奪い返す。そしてこぼれ球を拾った菅田真啓が、後方の井上詩音へボールを預けた直後だった。
井上が選択したのは最前線への緩やかな浮き球の縦パス。ターゲットは189cmの長身を誇るJFA・Jリーグ特別指定選手で阪南大学在学中の中田有祐。実は小林が思い描いていた通りの展開だった。
「それがすべてだった」
「中田選手が競り勝つと予測してポジションを取っていたなかで、本当にいいボールを落としてくれたし、自分もファーストタッチでシュートを打てる場所にボールを置けた。それがすべてだった」
鳥栖の今津佑太も慌てて小林との間合いを詰める。身長184cm・体重80kgの巨躯を177cm・73kgの小林の左側からねじ込んできたが、先にアクションを起こしていた小林のアドバンテージは揺るがない。
「相手が迫って来たのはわかっていたので、トラップしてから早いタイミングでシュートを打とう、と。僕の体が相手の体の前に入っていたのも大きかったし、僕としてはもう流し込むだけだった」
体勢を崩されながらも小林には余裕があった。逆に体が右に傾いた分だけ鳥栖のキーパー泉森涼太の重心も右に偏り、一瞬だけ反応が遅れた。
右足を泥臭くタッチさせた小林のシュートがゆっくりと転がりながら、懸命にダイブした泉森の右手の先をかすめてゴール左へ吸い込まれていく。小林が万感の思いを込めた。
「ゴールを期待されて移籍してきたのに、なかなか結果を出せていなかった。特にユアスタでゴールを決めたかったし、それが劇的な形で実現して本当にうれしかった」
アルバイト勤務から切り開いた道
新潟県出身の小林は地元の北越高校から流通経済大学に進んだ。
しかし、卒業時にJクラブから声はかからず、当時は日本フットボールリーグ(JFL)所属だった高知ユナイテッドSCへ入団し、2023シーズンはホームセンター、昨シーズンからはレンタカー会社にアルバイト勤務しながらサッカーを続けた。
JFLで2位に入った昨シーズン。高知はJ3リーグのY.S.C.C.横浜との入れ替え戦を、2戦合計スコア3-1で制して悲願のJ3参入を決めた。迎えた今シーズン。J3の開幕節から11試合で10ゴールを量産した小林は、夏の移籍期間に仙台からのオファーを手繰り寄せてJ2へのステップアップを果たした。
「特にフォワード陣の決定力がすごいと感じている。練習中の1本のシュートや、あるいはトレーニングマッチの1本のシュートを決められるかどうかで、メンバーに入るか入らないかが決まってくる。そういった緊張感のなかでプレーできているのは、僕のなかですごく成長につながっていると思う」
充実感を漂わせながら新天地での日々を振り返った小林は、仙台での出場3試合目だった6月28日のジュビロ磐田戦の後半アディショナルタイム93分に、途中出場から待望の移籍後初ゴールをゲット。敵地ヤマハスタジアムでチームを勝利に導くと、8月に入ってからは5試合連続で先発を射止めた。
しかし、9月20日のモンテディオ山形戦をリザーブで終えると、翌節の北海道コンサドーレ札幌戦からは3試合続けてベンチ入りメンバーから外れた。この間の心境を努めてポジティブに振り返っている。
「そこは腐らずというか、当たり前だなと…」
「僕自身は大学のときも高知の1年目もメンバー外で試合に出られない時期が続いたので、そこは腐らずというか、当たり前だなという感じだった。出番が巡ってきたときに結果を残せばいい、と」
心強い援軍もいる。仙台への移籍を機に、ホームで行われる試合には父親の玄太さんが新潟の実家から必ず応援に駆けつけていた。小林は「高知時代はなかなか来られない距離だったので」と感謝する。
「今日は友人たちと新幹線を乗り継いで、大宮経由で来たと言っていました。車で片道3時間くらいかけてきてくれるときもあったなかで、目の前で点を取って勝利を届けられて本当によかった」
最前列で観戦していた玄太さんへ、仙台の歴史に残るゴールを介して最高の親孝行を届けた直後。狂喜乱舞するチームメイトたちが何人も覆いかぶさる祝福の嵐から解放された小林は、大ヒット漫画『ドラゴンボール』の主人公、孫悟空が得意技の「かめはめ波」を放つポーズをテレビカメラへ向けて決めている。
「僕は『ドラゴンボール』が大好きで、昨年に作者の鳥山明さんが亡くなったときに追悼の意を込めて、ゴールした試合で一度だけやったところ、高知のサポーターの評判がよかったのでいまも続けていて」
高知では「11」だった背番号を、仙台では「悟空」の語呂合わせとなる「59」を望んでつけている。
「この勝利を無駄にしないためにも…」
「ここでは友太くん(郷家)が『11番』をつけていたので、どうしようかと悩んだ末に『悟空にしよう』と。本当はファン・サポーターのみなさんへ向けて『かめはめ波』ポーズを決めたかったんですけどね」
ここまで先制すれば14勝4分けと無敗の鳥栖との大一番。点を取りにいく展開もあると想定した森山監督はコーチ陣の助言を受ける形で、練習で積極的な姿勢を見せ続ける小林を4試合ぶりにベンチ入りさせた。
狙いは鮮やかに的中し、数的不利になる苦境で最高のプレーを介して仙台を3試合ぶりの勝利に導いた。
4位に浮上した仙台は勝ち点1差で3位のジェフユナイテッド千葉に迫り、J1自動昇格圏の2位・V・ファーレン長崎を同5差にとらえた。残り4試合。25歳のヒーローが決意を新たにする。
「今日のような試合ができれば絶対に負けない。間違いなく今後へのパワーになると思うけど、まだ何も成し遂げていないし、この勝利を無駄にしないためにも一喜一憂しないで次の試合に臨んでいきたい」
2021シーズンを最後に遠ざかっているJ1の舞台へ。J3で魅せた異能のゴール感覚をいよいよ解き放ち、ピッチを離れればちょっぴりシャイな一面ものぞかせる小林が、仙台の切り札になろうとしている。
(取材・文:藤江直人)
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