ファジアーノ岡山は11月8日、明治安田J1リーグ第36節、敵地で川崎フロンターレと対戦し、1-1で引き分けた。今節の結果をもって、J1初挑戦ながら2試合を残して残留を確定させた。そこには、最終ラインを統率する守備の要としての役割だけでなく、チームを同じ方向に向かせるべくチームメイトを鼓舞する田上大地の姿があった。(取材・文:難波拓未)
ファジアーノ岡山・田上大地のディフェンスリーダーとしての責任感
【写真:Noriko NAGANO】
試合後、田上大地は柔和な表情を浮かべていた。
「1年間を通して残留が最低限の目標だったので、ほっとした気持ちです」
ミックスゾーンで真っ先に口にしたように、ファジアーノ岡山のJ1初年度での残留確定が安堵の理由だったことは間違いない。
しかし、それが全てではないように見えた。むしろ、破壊力のある川崎フロンターレの攻撃陣を相手に、しかも敵地で、勇敢に迎撃できたことをより噛み締めているようにも感じた。
もちろん、1失点と引き分けには満足していない。だが、ディフェンスリーダーとしての責任感と、若い2人のセンターバックと誓い合った覚悟が実を結んだと言える90分でもあった。
今節は勝ち点1を上積みすれば、他会場の結果に関係なく残留を決められる一戦だった。
その中で、DF立田悠悟とDF鈴木喜丈が累積で出場停止。(前節終了時点で)リーグ最多の総得点「65」と圧倒的な攻撃力を誇る川崎を相手に、3バックの主力を担ってきた2選手が出られない。GKスベンド・ブローダーセンが出場停止明けから戻ってくるとは言え、チームの力を最大限に発揮する上で望ましくない状況ではあった。
しかし、キックオフの笛が鳴ると、2選手の不在は完全に忘れていた。代わりに出場した阿部海大、工藤孝太、その中央に立つ田上が形成する3バックは、非常にアグレッシブで頼もしかった。
前節まで8試合未勝利…田上大地が漏らした葛藤。「そういったところで『(自分は)もっと(向上)できる』」
川崎は自陣からパスを繋ぐ力に優れるチームだが、今季はFWエリソン、FW伊藤達哉、FWマルシーニョの3トップの破壊力が際立つ。相手DFと1対1になれば、スピードやパワー、技術といった個の力で局面を打開してゴールを陥れることができる。
そして、3トップの攻撃力を最大限に活かすために、前線にロングボールを躊躇なく蹴り込む傾向があった。自陣でのパス回しで相手の陣形を前後に分断させ、3トップが数的同数を突破していくという狙いだろう。今節も自陣でのパス交換で岡山のプレスを誘い出し、長いボールを蹴ってきた。
岡山は前節までの8試合未勝利の間、このプレス回避のロングボールに苦戦してきた。相手に起点をつくられたり、背後のスペースに抜け出されたり。押し込まれて自陣に撤退せざるを得ない状況を強いられていた。その結果、8試合で17失点を喫し、複数失点する試合も一気に増加した。
その状況を田上は「本当にここ数試合はディフェンスラインが崩れてしまうというか、複数失点が多くて、自分自身もすごく責任を感じていました」と受け止めていた。
そして、葛藤も吐露した。
「やっぱりどうしても後ろが数的同数というか、自分のところで相手のストライカーと1対1になる場面が増えてきて。相手が苦しい中で蹴ってきたり、ある程度、的が絞れていたりする時には、自分も思い切っていけるんですけど。スピードのところとか、本当に1対1になった時はちょっと…。
もちろん、それでも守れている時はあるんですけど、そんなに手応えはないというか。自分のところでもっと勝てていたら、他の選手ももっと楽になるかなとは思う。晒された時に、もっと1対1で勝つ。そういったところで『(自分は)もっと(向上)できる』と思います」
その中で、今節は一歩も引かなかった。特に前半は岡山の3バックと川崎の3トップが数的同数になることが多く、田上も広いスペースを管理しながらエリソンとの1対1のマッチアップも増えた。
吹っ切れた田上大地、取り戻したファジアーノ岡山の勇猛果敢な戦い
一発で入れ替わられてしまうと、馬力のあるブラジル籍FWに一気に持って行かれる。大きなリスクとの隣り合わせのプレーだが、前で止める、前で弾き返すといった守備を徹底。相手よりも先に動き出し、良い立ち位置や体勢をつくることで先手を打ち、質の高い密着マークを続けた。
うまくいかない状況は、人を萎縮させる。プレー選択の先に成功よりも失敗のイメージが湧き出てくれば、思い切った判断はできなくなるからだ。マッチアップする相手が強烈であれば、なおさらだろう。
それでも、田上は吹っ切れていた。約2か月の間、うまく守備対応できていなかったことなんて関係ないほどに。
田上がハイラインを保ち、相手FWとの1対1を食い止めてくれるからこそ、岡山は連動したプレスや縦に速い攻撃といった持ち味を発揮することができる。
84分には失点を喫したものの、木山隆之監督が「自分たちのプレーはしっかりとやれていたんじゃないかなと思います」と総括するほどの勇猛果敢な戦いがピッチ上に戻ってきたと言える内容だった。
なぜ、自分たちのスタイルを取り戻すことができたのか。原点回帰の裏側には、試合前に誓っていたことがあった。
「もう1回、強気にやろう」。ファジアーノ岡山のスタイルを取り戻すために
「(阿部と工藤の)2人には『もう1回、強気にやろう』という話をしていましたし、川崎の前3枚は強力ですけど、『そこを抑えてもう1回自信にしよう』という話もしていました」
覚悟を決めた背番号18は、チーム全体にも要求した。
「自分たち(DF)が晒される分、しっかりと前からプレスに行ってもらわないと、自分たちも的を絞れない。もう1回、全体でしっかりとプレスを掛けること。後ろはマンツーマンになるんですけど、そこをしっかり跳ね返して、セカンドボールを拾っていく。そういうプレーはチームとしてもできたんじゃないかなと思います」
昨季J2の5位からプレーオフを勝ち上がってJ1昇格を成し遂げたスタイルに、そして、初挑戦のJ1で下馬評を覆したと言える善戦を演じたリーグ前半戦のスタイルに、「勝ち切れはしなかったですけど、(3バックの)3人の結束力を高め、相手との1対1は力強くバトルしながらお互いのカバーもしっかりとすることを90分で表現できたんじゃないかなと思います」と手応えを得られる戦いができた。
ボールが相手陣内にある状況で、ボールを保持する相手選手の状況が少しでも窮屈そうであれば、両手を広げて前に押し出すジェスチャーで阿部と工藤に伝達し、ラインを少しでも高く保つ。阿部がマルシーニョを、工藤が伊藤を食い止めた後は、歩み寄ってハイタッチで健闘を讃える。「絆」という名の見えない糸で繋がっているような連帯感だった。
2017年にV・ファーレン長崎を昇格させてJ1に初挑戦した時は、1年でJ2に降格していた。悔しい経験を経て、個人としては7年越しにJ1残留を達成した田上は言う。
「全員の方向性が少しずれて…」田上大地が語るファジアーノ岡山が残留できた理由
「長崎の時も今の自分たちと似たようなサッカーというか。しっかりと守備から入って、1点を取ってみんなで守り抜くような、全員でやるサッカーではあったんですけど、夏場に入ってからチーム内で『もう少しボールを持ちたいよね』という考えになって、少しサッカーが変わった。
中断明けくらいでしたね、全員の方向性みたいなものが少しずれてしまって、勝てずに降格という結果につながってしまった。今の岡山は本当に自分たちの立ち返る場所もあるし、それを今シーズン通して表現できているので、しっかりと勝ち点を積むことができたし、今の場所に居ることができる一つの要因だと思います」
苦しい時も、辛い時も、嬉しい時も、楽しい時も、どんな時も──。チームは全くブレることなく、ファン・サポーターとも団結して戦い続けた。
まだ2試合が残っているし、引き分けという今節の結果自体に満足している者はいない。「なかなか勝てていない状況の中で、やっぱり勝利を届けたい思いが強い。今日はそれができなくて残念」と口にする田上をはじめ、岡山はプロフェッショナルの集まりだ。
それでも、予算規模が小さく親会社のいない地方の街クラブが、来季以降もJ1での挑戦を続けることができる。その価値は計り知れないほど大きい。
同じ方向を向いて全員の力で積み重ねた勝ち点42での残留決定。偉業と言っても過言ではない結果は、最終ラインの中央でチームを支え続けた、田上大地の勇敢なメンタリティと経験に裏打ちされた統率力なしには語れない。そう感じる、90分だった。
(取材・文:難波拓未)
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