2025明治安田J1リーグ第37節、鹿島アントラーズは敵地で東京ヴェルディと対戦した。2位転落の恐れもあった中で、チームに白星をもたらしたのが松村優太。0-0で迎えた74分に、値千金の決勝ゴールを奪っている。実は、このタイトルに近づく一撃には、鬼木達監督からのある助言が隠されていた。(取材・文:元川悦子)[1/2ページ]
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優勝決定のチャンスだった東京ヴェルディ戦
ラスト2試合の時点で鹿島アントラーズと柏レイソルの一騎打ちとなった2025年のJ1優勝争い。
11月30日の第37節で鹿島がアウェイ・東京ヴェルディ戦に勝ち、柏がアルビレックス新潟戦に負ければ、鹿島の9年ぶりのリーグ制覇が決まる。常勝軍団復活を目論む鹿島としては、千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかなかった。
11月8日の横浜FC戦勝利の後、彼らには3週間の準備期間があった。
その間にケガで離脱していた樋口雄太が復帰したものの、チャヴリッチと小池龍太が離脱。これは鬼木達監督にとっても痛手だったが、今回は鈴木優磨を右MFで起用。前線をレオ・セアラ、田川亨介の2トップにして、総力戦で乗り切ろうとした。
だが、城福浩監督率いる東京ヴェルディも「鹿島に優勝を決めさせない」という強い姿勢でぶつかってきた。
序盤こそ鹿島は三竿健斗やレオ・セアラがゴールに迫るシーンが見られたが、15分以降は連動したプレスもかからなくなり、相手に主導権を握られる。
最大のピンチは前半32分。松橋優安の中央突破からゴール正面でシュートを打たれた場面だ。
松村優太にとって特別な古巣対戦「ヴェルディにいたのは半年でしたけど…」
これは日本代表の守護神・早川友基がスーパーセーブ。視察した森保一監督も「影のMVP」と称賛したが、この日も絶対的安定感は健在だった。
彼を中心とした守備の固さが鹿島の強み。これで何とか前半を0-0で折り返すことに成功した。
この時点で柏は細谷真大の2ゴールでリード。この日に優勝できる可能性はほぼなくなったが、鹿島としては引き分けでは柏に首位を奪われてしまう。後半はそれを阻止すべく、攻撃のギアを上げる必要があった。
そこで指揮官が54分に講じた策が、エウベルと松村優太の交代だった。
「マツの好守でのスピードで生かしていこうと話していた」と指揮官も説明したが、本人もそれを強く意識したうえで、2024年夏から半年間プレーした古巣と対峙した。
「2020年に高卒で鹿島に入った僕にとって、古巣対戦と言えるのは、この試合が初めて。ヴェルディにいたのは半年でしたけど、みなさんが想像している以上に大きいものがありました。
城福監督やスタッフ、選手を含めてすごく自分に向き合ってくれたし、もう一度、サッカーの本質を学ばせてもらった」
本人もこう話したが、1年前の松村は本当にもがき苦しんでいたのだ。
ご存じの通り、2024年の鹿島はランコ・ポポヴィッチ監督体制でスタート。パリ五輪(オリンピック)行きが有力視されていた松村もキーマンの1人になると目されたが、ふたを開けてみると始動直後から構想外に近い扱いを強いられた。
彼自身はコンディションを維持するために、全体練習後に1人で遅くまで自主練を行うなど必死にチャンスをつかもうとしていたが、出場機会を増やすことができない。
五輪の大舞台も遠のき、気丈な男も失望感にさいなまれたことがあったはずだ。
そこから再起を図るためにレンタル移籍を決意。同期入団の染野唯月ら若手が数多くいて、グングン伸びているヴェルディを選択した。
鬼木達監督から言われていた得点増加のヒント
「松村優太としては鹿島を離れたくはなかった」と昨夏、彼は本音を吐露したが、サッカー選手は試合に出なければ何も始まらない。初めてゼロからの再出発を図った。
新天地では右ウイングバックやシャドウでポジション争いを経験。守備強度や献身性を引き上げるとともにストロングであるドリブル突破、スピードをより前面に出すことの重要性を体感したうえで、今季の鹿島に戻った。
そして鬼木監督の下、主にジョーカーとして重要なタスクを果たす選手へと変貌を遂げたのである。
プロ生活最大の窮地を乗り越えたからこそ、松村は自分を変えてくれたクラブ相手に堂々たる仕事を見せつける必要があったのだ。
試合が動いたのは後半74分。荒木遼太郎と舩橋佑が入った直後だった。
相手右ウイングバック・内田陽介のバックパスが荒木にプレゼントされる形になり、背番号71はそのまま一気に前線へ運び、レオ・セアラにスルーパスを出した。
エースFWのシュートはGKマテウスに防がれたものの、詰めた松村が左足で強引に押し込み、ついに均衡を破った。
「相手のミスからでしたけど、荒木がしっかりよさを発揮してパスを出し、レオもいい抜け出しをした。鬼木監督からも『お前、足速いんだから、思いっ切り走って詰めれば、点増えるよ』と言われてたし、思い切り走れば何かあるんじゃないかなと思っていたら、いい具合にこぼれてきて触れた。ホントによかったかなと思います」
と本人もしてやったりの表情を浮かべた。
この一撃が決勝点となり、鹿島は厳しいゲームを1-0でモノにし、首位をキープした状態で12月6日の最終節、横浜F・マリノス戦をホームで迎えることになった。
柏も3-1で勝利したため、鹿島は次戦も引き分け以下ではタイトルをさらわれる可能性がある。絶対に勝利で終わり、9年ぶりの頂点に立たなければいけないのだ。
