
9年ぶり9度目のJ1リーグ制覇を成し遂げた鹿島アントラーズ【写真:Getty Images】
9年ぶり9度目のJ1リーグ制覇を成し遂げた鹿島アントラーズ。近年はタイトルと無縁のシーズンを過ごすことが多かった常勝軍団は、どのようにして強さを取り戻したのか。Jリーグ開幕当時から続く歩みを振り返りながら、かつての黄金期と現在のチームにある共通点、今に繋がる変化などを、長年鹿島を取材し続ける元川悦子氏の言葉から探っていく。今回は第1回(全6回)。(取材・文:元川悦子)[2/2ページ]
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8年間の無冠が突きつけた鹿島アントラーズの歴史と責任

苦しい時間を過ごした鹿島アントラーズ【写真:Getty Images】
中後ら黄金世代のすぐ下に位置する年代は「なかなかチームを勝たせられない」と揶揄されることが多かった。
同年代の野沢拓也、青木剛(プロフットゴルフ選手=現鹿島アセンディア所属)や岩政大樹、田代有三(JFA国際委員)、増田誓志らがそれに該当する。
その彼らが2007年のタイトルを機に成長。興梠慎三(浦和パートナー営業担当兼アカデミーロールモデルコーチ)や内田篤人ら若手も飛躍し、後から入ってきた大迫勇也(ヴィッセル神戸)、柴崎岳、昌子源(FC町田ゼルビア)らも着実に戦力になったことで、鹿島は2007年からの6年間で、J13回、ナビスコ杯2回、天皇杯2回を獲得したのだ。
その後、2013・14年は無冠に終わったが、2015年のナビスコ杯、2016年のJ1と天皇杯、2018年AFCチャンピオンズリーグ(ACL)と、鹿島は小笠原の引退までに合計20個のタイトルを手にした。
2016年などは金崎夢生(JFLヴェルスパ大分)、西大伍(JFL岩手)、遠藤康、昌子、柴崎、植田といった個性的なタレントたちがフル稼働。少し短い期間ではあったが、彼らが中心となって“第4期黄金期”を築いたと見ていいだろう。
それだけの偉大な歴史があるから、“8年間国内無冠”という現実を今の選手たちが重く受け止めてきたのも頷ける。
終盤になって上位対決で競り負け、タイトルを逃していた近年は、鈴木優磨や植田が「こういう結果は許されない」と自戒を込めて言い続けていた。
彼らに重い荷物を背負わせることはスタッフ陣も苦しかったかもしれないが、「常勝軍団のDNAを失わせてはいけない」という強い危機感があったはず。そこは見逃せない点だ。
鹿島アントラーズ「らしさ」とは何か

今季成長を遂げた鹿島アントラーズのアカデミー出身、舩橋佑【写真:Getty Images】
特に今季は鬼木監督、中田FDを筆頭に「鹿島らしさとは何か」という命題を貪欲に突き詰めた。
そのうえで、「どんな時もしぶとく上を目指す」というマインドを選手たちに要求し続けた。
柴崎をベンチ外にし、鈴木優磨を途中で外すといった“聖域なき戦い”を持ち込み、競争意識を煽った指揮官やスタッフのアプローチが、終盤15戦無敗という勝負強さにつながった。
雌伏の時を経て、つかんだ21個目のタイトルというのは、本当に大きな価値があることだ。
加えて言うと、今季の鹿島は舩橋佑、徳田誉といったアカデミー出身の若手の成長が目立ったが、柳沢や小笠原らから直々に指導を受け、勝ち切るためのしぶとさや泥臭さを叩き込まれているのは間違いない。
さらに今のユースには吉田湊海、元砂晏翔仁ウデンバといった日の丸を背負う人材もいる。
彼らが“第3期黄金期”の大迫や柴崎、昌子のように大きく成長してくれれば、“第5期黄金期”を築くことも十分可能なはずだ。
常勝軍団復活への道のりはここからが本番である。
(取材・文:元川悦子)
(本文中一部敬称略=2に続く)
【著者プロフィール:元川悦子】
1967年、長野県生まれ。94年からサッカー取材に携わり、ワールドカップは94年アメリカ大会から2022年カタール大会まで8回連続で現地に赴いた。「足で稼ぐ取材」がモットーで、日本代表は練習からコンスタントに追っている。著書に『U-22』(小学館)、『黄金世代』(スキージャーナル)、「いじらない育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(NHK出版)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)などがある。
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