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J1 1か月前

2007年と2025年のチームは似ている。新たな黄金期を予感させる共通点の数々とは【鹿島アントラーズ33年間の記憶/連載コラム第3回】

シリーズ:鹿島アントラーズ 33年間の記憶 text by 元川悦子 photo by Getty Images
鹿島アントラーズ
2007シーズンにリーグ優勝を果たした鹿島アントラーズ【写真:Getty Images】



 9年ぶり9度目のJ1リーグ制覇を成し遂げた鹿島アントラーズ。近年はタイトルと無縁のシーズンを過ごすことが多かった常勝軍団は、どのようにして強さを取り戻したのか。Jリーグ開幕当時から続く歩みを振り返りながら、かつての黄金期と現在のチームにある共通点、今に繋がる変化などを、長年鹿島を取材し続ける元川悦子氏の言葉から探っていく。今回は第3回(全6回)。(取材・文:元川悦子)[2/2ページ]
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オリヴェイラと鬼木達。マネジメントの共通点

鹿島アントラーズ、鬼木達監督
2025シーズンから鹿島アントラーズを率いた鬼木達監督【写真:Getty Images】

 そこから白星街道を歩み、早いうちから首位には浮上したものの、4月の3連敗、5~7月にかけての6戦4敗など、前半戦には数々の苦境があったのも確か。

 柏レイソルや京都サンガF.C.にトップの座を奪われた時期もあり、必ずしも圧倒して優勝したわけではない。

 ギリギリの勝負を最後にモノにしたという意味では、2007年に通じる。今季はMVPに輝いたGK早川友基のスーパーな働きも見逃せないが、そういう難局を乗り切った時の方がチーム・選手の伸び率は大きいのだ。

 新指揮官1年目というのは、どうしてもチームの土台作りに時間がかかる。それはオリヴェイラ監督時代も同じで、徐々にベースができて、選手たちが連係・連動してプレーできるようになるのだ。

 今季の鬼木監督が秀でていたのは、頑なに理想だけを追い求めようとはしなかったこと。

 今いるメンバーの特徴を理解し、彼らのよさを生かしながら、少しずつボールポゼッションのできる時間帯を増やしていけばいいと考えた。

 現実的視点に立ち、選手の個の力を引き上げるべく、厳しい基準を植え続けたのだ。



 キャプテン・柴崎が途中から試合に出られなくなり、代わって若い舩橋佑がボランチの主軸として重用されたり、エース・鈴木優磨が途中で下げられたりと、鬼木監督は「サッカーに年齢・経験は関係ない」というスタンスも押し通した。

 そういう毅然とした立ち振る舞いも、多くの若手を引き上げたオリヴェイラ監督に近いものがある。

「歴史は繰り返す」という言葉があるが、鹿島の場合はいい伝統と歴史を引き継げるところが大きな強みなのだろう。

 今回の中堅・若手がこの優勝を機にジャンプアップできるか否か。そこが2007年との比較になってくる。

 荒木や松村、濃野、舩橋、徳田誉ら中堅・若手が成長し、植田や鈴木優磨のような存在感を示してくれるようになれば、2026年以降の鹿島も安泰だ。

 彼らがそういう軌跡を描いてくれることを切に祈りたい。

(取材・文:元川悦子)

(本文中一部敬称略=4に続く)

【著者プロフィール:元川悦子】
1967年、長野県生まれ。94年からサッカー取材に携わり、ワールドカップは94年アメリカ大会から2022年カタール大会まで8回連続で現地に赴いた。「足で稼ぐ取材」がモットーで、日本代表は練習からコンスタントに追っている。著書に『U-22』(小学館)、『黄金世代』(スキージャーナル)、「いじらない育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(NHK出版)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)などがある。

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【了】

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