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J1 1か月前

「立て直さないと」中田浩二FDの覚悟と手腕。“黒子”の仕事が王者への道を拓いた【鹿島アントラーズ33年間の記憶/連載コラム第4回】

シリーズ:鹿島アントラーズ 33年間の記憶 text by 元川悦子 photo by Getty Images
鹿島アントラーズ、中田浩二
シャーレを掲げる鹿島アントラーズの中田浩二FD【写真:Getty Images】



 9年ぶり9度目のJ1リーグ制覇を成し遂げた鹿島アントラーズ。近年はタイトルと無縁のシーズンを過ごすことが多かった常勝軍団は、どのようにして強さを取り戻したのか。Jリーグ開幕当時から続く歩みを振り返りながら、かつての黄金期と現在のチームにある共通点、今に繋がる変化などを、長年鹿島を取材し続ける元川悦子氏の言葉から探っていく。今回は第4回(全6回)。(取材・文:元川悦子)[2/2ページ]
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「正直言って、ここまでケガ人が出るとは…」

鹿島アントラーズ、エウベル
夏の移籍期間で鹿島アントラーズに加入したエウベル【写真:Getty Images】

 まず関川不在のCB要員として東京ヴェルディから千田海人を獲得。安西で穴が生まれた左SBのところもシント=トロイデンから小川諒也を補強することに成功し、6月から起用できるようになったのだ。

 アタッカーに関しても、夏の移籍期間にマリノスからエウベルを獲得。サイドアタッカーの陣容に厚みが生まれた。

 こういったピンポイントの補強がなければ、柏レイソルや京都サンガF.C.、ヴィッセル神戸との熾烈な上位争いを競り勝つことはできなかったかもしれない。



「離脱者が出た中でも、強化部としてしっかり分析をして、選手獲得に乗り出しました。正直言って、ここまでケガ人が出るとは考えていなかったですけど、今、僕と一緒にやっている強化担当の石原(正康)がエージェントとの幅広いネットワークを持っていて、スカウティングのところでもリストを作って確実に動いてくれた。

 小泉さんたちファイナンスチームのバックアップも大きかったですけど、そのおかげでうまくいきました」

 今季優勝を決めた12月6日のマリノス戦の後、中田FDはこう語ったが、右腕となって効果的なアクションを見せた石原強化担当の存在は特筆すべき点がある。

中田浩二FDを支えたサポートの存在

鹿島アントラーズ、小泉文明代表取締役社長、中田浩二FD
鹿島アントラーズの小泉文明代表取締役社長(左)と中田浩二FD(右)【写真:Getty Images】

 石原氏はレノファ山口FCでGMを務めていた人物で、吉岡FD体制だった2023年夏に鹿島入り。

 そこから鹿島という強豪クラブの特性やサッカースタイルへの理解を深め、どういう選手だったら瞬時に適応するかを考えたうえで、リストを作成。今季の効果的な補強に結び付けた。

 中田FDの強化部キャリアは2年足らず。だからこそ、百戦錬磨のサポート人材が不可欠だった。

 もちろん鈴木満氏のアドバイスも大きかっただろうが、実働部隊が優秀でなければ強いチームは作れない。

 石原氏、そしてプロ選手担当スカウトの山本脩斗氏の“黒子の仕事”の重要性は改めて認識する必要がありそうだ。



「僕は2024年10月からFDの仕事を始めましたけど、こんなにしんどくて大変な仕事だとは思っていなかった(苦笑)。CROをやっていた今までとは全然違いますね。

 選手やコーチングスタッフといった現場のことだけじゃなくて、組織全体を考えなきゃいけなかったんで、本当に苦労もありましたけど、こうやって優勝できると全てが報われる。心から嬉しいですね」

 安堵感を吐露した中田FD。ただ、ここからが常勝軍団完全復活への挑戦となる。

 そのためのさらなる戦力補強は怠ってはならないし、誰が出ても同じクオリティで戦える集団に引き上げる必要がある。

 2026年シーズンに向けて、鹿島はどういった戦力の入れ替えが行われるのか。そこに期待しつつ、動向を注視していきたいものである。

(取材・文:元川悦子)

(5に続く)

【著者プロフィール:元川悦子】
1967年、長野県生まれ。94年からサッカー取材に携わり、ワールドカップは94年アメリカ大会から2022年カタール大会まで8回連続で現地に赴いた。「足で稼ぐ取材」がモットーで、日本代表は練習からコンスタントに追っている。著書に『U-22』(小学館)、『黄金世代』(スキージャーナル)、「いじらない育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(NHK出版)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)などがある。

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【了】

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