
鹿島アントラーズの鬼木達監督【写真:Getty Images】
9年ぶり9度目のJ1リーグ制覇を成し遂げた鹿島アントラーズ。近年はタイトルと無縁のシーズンを過ごすことが多かった常勝軍団は、どのようにして強さを取り戻したのか。Jリーグ開幕当時から続く歩みを振り返りながら、かつての黄金期と現在のチームにある共通点、今に繋がる変化などを、長年鹿島を取材し続ける元川悦子氏の言葉から探っていく。今回は第5回(全6回)。(取材・文:元川悦子)[2/2ページ]
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「オニさんが本当にうまく選手を…」

鬼木達監督が優勝に導いた鹿島アントラーズ【写真:Getty Images】
それは平均ボール支配率50.2%というチームスタッツにも表れている。
この数字はJ1で11位。1試合平均チャンスクリエイト数も10.2回で10位、ゴール期待値も47.6回で12位と試合内容に関しては中位以下の数字がいくつも見られる。
それでも早川友基、植田直通ら守備陣が何とかピンチを阻止し、レオ・セアラや鈴木優磨といった決めるべき選手が決め切って勝つという形で勝ち点を稼ぎ続けた。
総失点は「31」でリーグ2位、クリーンシート総数16回で3位、ゴール決定率12.9回で3位といった数字がその傾向を如実に示している。
鬼木監督の描いた理想にはまだ遠いものの、「勝ちながら成長する」ということは具現化できた。
そのポリシーがブレなかったからこそ、何度かの逆境に直面しながらも、選手たちは前向きに前進できた。
指揮官の傑出したマネージメント力があったからこそ、鹿島は最後まで走り抜くことができたのだ。
「オニさんが本当にうまく選手を導いてくれたし、プレッシャーもあったでしょうけど、『このクラブはタイトルを取らなくちゃいけないんだ』と初日から選手に号令をかけてくれた。
僕もスタッフも同じ気持ちで選手に接しましたけど、“鹿島らしさ”をしっかりと落とし込んでくれたのが大きかったと思います」
中田FDも鹿島の先輩である指揮官に心から感謝していたが、ギリギリの勝負に勝ち切る力を養えたのは確か。その中で、内容的にも着実な進化が見て取れた。
「集大成という形を最後の最後に…」

鹿島アントラーズのレオ・セアラ【写真:Getty Images】
優勝を決めた12月6日の横浜F・マリノス戦は、まさにそれを印象付けるものだった。
今季は残留争いを強いられたがゆえに、マリノスがアンジェ・ポステコグルー監督時代から積み上げたアタッキングフットボールをいったん棚上げし、堅守速攻スタイルにシフトした。
そのことも追い風になったが、この試合の鹿島は内容的にも圧倒していた。
三竿と知念の両ボランチが見事なまでにボールを配球し、圧倒的に主導権を握ったことでエースFWレオ・セアラが2点を叩き出したのだ。
さらにゴールをお膳立てしたのが、ここ数年伸び悩みが見られた荒木遼太郎と松村優太だったことも「進化」を色濃く感じさせた。
「この試合の前半は今シーズンの中でもトップに入るような内容だった。オニさんが求めていたボールを動かしながら相手陣内に攻め込んでいく形があって、これだけの試合ができたのはすごく大きい。集大成という形を最後の最後に持ってこれたのは、チームとしても意味のあることでした」
鹿島の優勝を誰よりも強く願い、先頭になって引っ張り続けた鈴木優磨も納得の表情で語っていたが、理想と現実を見極めつつ、少しずつ求める領域に選手を導いていく鬼木監督の手腕を高く評価すべきだろう。
やはりサッカーは監督の力が大きいのである。
(取材・文:元川悦子)
(6に続く)
【著者プロフィール:元川悦子】
1967年、長野県生まれ。94年からサッカー取材に携わり、ワールドカップは94年アメリカ大会から2022年カタール大会まで8回連続で現地に赴いた。「足で稼ぐ取材」がモットーで、日本代表は練習からコンスタントに追っている。著書に『U-22』(小学館)、『黄金世代』(スキージャーナル)、「いじらない育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(NHK出版)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)などがある。
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【了】