
川崎フロンターレのスベンド・ブローダーセン【写真:編集部】
昨季、目覚ましい活躍を見せたスベンド・ブローダーセンは、今オフに川崎フロンターレへの移籍を決断した。日本で6シーズン目を迎える新守護神候補は、言葉や文化の壁を越えながら、自身の居場所を築いてきた。強いこだわりを持つ背番号「49」とともに、川崎で新たなチャレンジに挑む。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
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「最初はたまたまでしたけど…」
ファジアーノ岡山時代のスベンド・ブローダーセン【写真:Getty Images】
あふれんばかりの愛を背負いながら、スベンド・ブローダーセンはゴールマウスを守ってきた。
ドイツから来日して6シーズン目。横浜FC、ファジアーノ岡山に続く3つ目の所属チーム、川崎フロンターレの一員になった今シーズンも、28歳の守護神候補は迷わずに「49」を背番号に選んだ。
ゴールキーパーでは珍しい「49」をなぜ背負い続けるのか。横浜FC、岡山時代とは異なり、川崎では通訳を置かないブローダーセンは流暢な日本語で、ちょっぴりはにかみながらこう語った。
「最初はたまたまでしたけど、いまでは僕にとってのラッキーナンバーになっているんです」
ブンデスリーガ2部(当時)のザンクトパウリから、J1リーグを戦っていた横浜FCへ完全移籍で加入した2021年7月。ブローダーセンは「最も大きな背番号を」と望んで「49」を背負った。
当時のJリーグは「50」が上限の背番号で、ひと足早く横浜FCへ加入していたブラジル出身のDFフェリペ・ヴィゼウがすでに「50」に決まっていた。そして、次に大きな背番号が「49」だった。
しかし、ヴィセウが退団して「50」が空き番になった2022シーズンも、上限が「99」になった2024シーズンに移籍したJ2(当時)の岡山でも、そして川崎でもブローダーセンは「49」を背負い続けた。
そこまで「49」を大事にする理由は何なのか。ブローダーセンが再び照れながら打ち明ける。
ブローダーセンが背番号「49」にこだわる理由

背番号「49」を背負うスベンド・ブローダーセン(ファジアーノ岡山時代)【写真:Getty Images】
「(横浜FCに入った)後に、奥さんと出会えたんです」
愛知県出身の一般女性との結婚が、当時所属していた横浜FCから発表されたのは2023年7月。U-24ドイツ代表の一員として参戦していた東京五輪から、約2年もの時間がたっていた。
クラブを通じてブローダーセンは思いの丈を凝縮させたコメントを発表している。
「妻に初めて会った日、僕に何かが起こった。(中略)妻から喜びとパワーをもらっているからこそ、僕は今のような人間であり、サッカー選手でいられる。彼女は毎日、僕の全身を愛で満たしてくれる。僕は彼女をとても愛しているし、僕の心臓が動いている限り、彼女を守り、大切にするつもりだ」
そして、愛する女性の誕生日を聞いた瞬間に、ブローダーセンは「運命」の二文字を感じたと笑う。
「奥さんの誕生日が9月4日なんですよ。ドイツの書き方だと日付が先に、その次に月が来るから『49』になります。これは『もう僕のラッキーナンバー』だと思って、だからずっと背負い続けてきました」
背番号をめぐるエピソードをブローダーセンが明かしてくれたのは、今月10日に川崎市内で行われた新体制発表会見後の囲み取材だった。この会見中に川崎では通訳をつけない方針が発表されていた。
ブローダーセンは「この(通訳なしの)チャレンジを頑張りたい」とこう語っている。
「サッカーに関しては、たとえば監督がミーティングで話しているときも、内容を理解する点などに対してはまったく問題ありません。もちろんチームメイトとコミュニケーションを取るときもそうですね」
来日する前は「任天堂」や「ゴジラ」などを通じて、日本の文化に憧憬の思いを抱いていた。それでも外国人にとって未知の言語となる日本語を、ブローダーセンはなぜ極めて短い時間でマスターできたのか。
ブローダーセンの語学力に大きな影響を与えたもの「第1巻を読んだら…」
川崎フロンターレのスベンド・ブローダーセン【写真:Getty Images】
「もちろん奥さんのおかげです。ただ、奥さんは家ではいつも英語をしゃべっているんですけど」
苦笑するブローダーセンは練習の合間を縫いながら週に一度のペースで日本語学校に通い、意味がすべてわからなくてもテレビに夢中になった。少しずつ耳が慣れてきたなかで、大きな力になったのが漫画だった。
「バスケットボールをやっている知り合いから奥さんが薦められた『SLAM DUNK』を、試しに読んでみたんです。第1巻を読んだらこれがものすごく面白くて、結局、全巻読んじゃいました。
映画の『THE FIRST SLAM DUNK』も映画館へ見に行きましたし、そうしたなかで日本の文化がますます好きになりました。おかげで日本語も上手くなったと思うし、本当に奥さんのおかげですね」
少年誌での連載やテレビアニメで一世を風靡したバスケットボール漫画に魅せられ、登場人物の心理を含めて、内容をよく理解したい思いが日本語をマスターするスピードをあげる相乗効果をもたらした。
そのなかで3ポイントを得意とする天才シューターの三井寿に魅せられたと笑う。怪我が原因で一度は不良生徒になりながら、バスケットボールへの情熱を捨てきれずに3年次になって復帰する役柄設定だ。
「ちょっと変わっている人物だけど、復帰するときに『バスケットボールが大好きなんです』と涙を流すシーンがありました。そこに僕も感動して。僕もサッカーが大好きで、ずっとプレーしたいと思っているので」
いまでは名古屋名物の「ひつまぶし」に舌鼓を打つ。新体制発表会見の席で「奥さんを口説きたかったから、日本語を覚えたんですか」と振られると、当意即妙でボケをかまして会場を笑わせている。
「ちょっと……もう一回(質問を)お願いします」
日本で3つ目の所属クラブとなる川崎とは、実はちょっとした縁があった。