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J1 9時間前

「何が一番きつかったかと言えば…」安西幸輝が語る過酷な日々。新しい鹿島アントラーズで挑む「奪い返しにいく」決意とは【コラム】

安西幸輝 鹿島アントラーズ
鹿島アントラーズでプレーする安西幸輝【写真:Getty Images】



 明治安田J1百年構想リーグは4月4日に第9節を各地で行い、鹿島アントラーズは水戸ホーリーホックと対戦した。J1史上初の『茨城ダービー』に臨んだ“常勝軍団”は、1-1のPK戦の末に敗北。この試合で308日ぶりに復帰した安西幸輝が、自身のプレーを自虐的に振り返りながらも、今後の奮起を誓った。(取材・文:藤江直人)[2/2ページ]
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「みんなが新しい鹿島を作ってきた」

鹿島アントラーズ
2025シーズンのJ1リーグを制覇した鹿島アントラーズ【写真:Getty Images】

「優磨、植田(直通)くん、(三竿)健斗くん、そして(柴崎)岳くんとみんな海外から帰ってきて、絶対にアントラーズを優勝させたい、このシーズンしかないという思いで一緒に戦っていたので」

 こう語る安西自身もヴェルディから加入して2年目の2019年夏にポルティモネンセへ移籍。ポルトガルの地で2年間戦った後に、国内で無冠が続く古巣の力になりたい、の一心で2021年夏に復帰した。

 だからこそヴェルディに辛勝し、続くマリノスとの最終節も制して9シーズンぶり9度目のリーグ優勝を勝ち取った直後に、安西もホームのメルカリスタジアムのピッチ上で男泣きした。

 安西を抱きしめながらねぎらった鹿島の小泉文明社長は、自身のSNSにこんな言葉を綴っている。

「来年はお前の力で優勝させてくれと伝えました」



 初めて長期間にわたって鹿島を外から見ながら、安西もポジティブな変化を感じていた。

「率直にみんなが上手くなっている。ボランチと植田くんのセンターラインがそうだし、だからこそサイドの選手はクロスを含めてゴールに絡むプレーをもっと意識しないといけないフェーズに入った、と」

 さらに安西は、自身の居場所だった左SBの新戦力たちを歓迎しながら反省の弁を紡いだ。

「僕の穴を埋めるというよりも、みんなが新しい鹿島を作ってきた。その意味で水戸戦は数字を残してやろう、と。周囲の選手を使うような普段のプレーじゃなくて、ちょっとエゴイストになっちゃいました」

 ホームにジェフユナイテッド千葉を迎えた前節で初めてベンチ入りを果たした。鹿島が先制するも同点とされ、終盤に勝ち越した接戦で、安西に出番が訪れないまま鹿島は破竹の7連勝をマークした。

「試練の連続ですけど…」

水戸ホーリーホック
渡邉新太の先制ゴール後の水戸ホーリーホック【写真:Getty Images】

「早く3-0くらいにしてくれと思いながら、ずっと応援していたんですけどね」

 関川が復帰した町田戦の再現を思い描いていた安西は、水戸戦後に新たな思いを抱いている。

「こうして試合に出るまでは、自分が本当に試合に出たいのかどうかもよくわからなくなっていました。実は練習に復帰してからは勝負するというよりも、楽しみながらずっとやっていた部分があったので。

でも、こうして切羽詰まった展開で出してもらって、数字がほしいという気持ちがさらに強くなった状況で長くプレーしたい、ポジションを奪い返したい、という気持ちが僕のなかで出てきたと思う」

 試合は1-1から突入したPK戦を4-2で制した水戸が歴史的な勝利をあげた。先蹴りの鹿島が知念慶、植田が立て続けに失敗し、4人連続で決めた後蹴りの水戸がホームで歓喜の雄叫びをあげた。

 6番手でスタンバイしていた安西は、後半アディショナルタイム4分に縦パスを一閃。反応したレオ・セアラのクロスが大崎航詩の右手に当たり、土壇場で獲得したPKを9番が自ら決めていた。



「あれはスルーパスというよりも餌をまいたというか、もう一回、相手を食いつかせるパスでした」

 自身のパスがPKへつながった展開を、安西は「ラッキーでした」と感謝しながらこう続けた。

「今シーズンで言えば修平がすごく伸びてきて試練の連続ですけど、僕は僕でもう一度ポジションを奪い返しにいくだけなので。諒也も含めて2人のいいところを盗みながら、2人の間に割って入っていきたい」

 自他ともに認めるチームのムードメーカーの心に、さまざまな点でイメージとかけ離れた復帰戦を介して新たな炎が灯った。

 復帰前に抱いていたものとは異なり、純粋なる挑戦者モードに立ち返った安西の存在が、90分間での負けがないまま百年構想リーグを首位で折り返した王者・鹿島を、内側からさらに強くしていく。

(取材・文:藤江直人)

【著者プロフィール:藤江直人】
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後の1989年に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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【了】
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