
FC東京でプレーする佐藤恵允【写真:三原充史(Atsushi Mihara)】
試合の流れを変えたのは、一人のランニングだった。苦しい展開が続いた横浜F・マリノス戦で、FC東京に先制点をもたらしたのは佐藤恵允。その一撃には、今季大きく変貌したチームの狙いと、彼自身の確かな成長が凝縮されていた。現地で見えたその価値とは何だったのか。(取材・文:元川悦子)[1/2ページ]
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明治安田J1百年構想リーグ・地域ラウンド第10節
横浜F・マリノス 1-3 FC東京
日産スタジアム
今季大きく変貌したFC東京

好調をキープするFC東京【写真:Getty Images】
2026年J1百年構想リーグも後半戦に突入。EASTは目下、鹿島アントラーズが首位を走っている。
その2025年J1王者を追走する形になっているのが、FC東京だ。
松橋力蔵監督体制2年目の今季はマルセロ・ヒアンや稲村隼翔、橋本健人ら即戦力を数多く補強。ファジアーノ岡山にレンタルしていた佐藤龍之介も復帰させ、非常に充実した戦力で戦えているのも奏功している様子だ。
だが、3月の代表ウィーク明けの4月5日のFC町田ゼルビア戦は悔しいPK負け。首位を走る鹿島より1試合少ない中、3ポイント差をつけられてしまった。
順位は2位だが、ここからもっとギアを上げて行かないと、悲願のタイトル、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)出場権には手が届かない。4月11日の横浜F・マリノス戦は確実に白星を手にする必要があった。
この日は4月前半ながら、気温が25度近くまで上昇。まだ暑さに順応していない選手たちにとっては非常に厳しい気象条件となり、FC東京は難しいスタートを強いられた。
序盤からマリノスの天野純に立て続けにチャンスを作られ、耐え忍ぶ展開。それでも、GKキム・スンギュ、DFアレクサンダー・ショルツらを中心に粘り強い守備を見せ、ゴールを割らせなかった。
そして迎えた43分。FC東京の「守から攻」への意識がゴールという形で結実する。
佐藤恵允「それが見えていて…」

第10節で先制点をあげた佐藤恵允【写真:Getty Images】
始まりは相手のスローイン。その攻めをクリアし、高い位置まで上がっていた諏訪間幸成がボールをコントロールしようとしたところで佐藤龍之介がプレスをかけ、ボールを奪ったのが大きかった。
背番号23はマルセロ・ヒアンにタテパスを出すと、カウンターのスイッチが入る。
そこで右から一目散にゴール前に入ってきたのが、背番号16をつける佐藤恵允。彼はインナーラップし、ラストパスを受けると、左足を一閃。値千金の先制点を叩き出したのである。
本人は猛スピードの70メートルランニングの中でも冷静に周りを見て、最適解を導き出していたことを明かす。
「ヒアンのドリブルのコースがサイドだったし、(左の)大外から(遠藤)渓太君も走ってて、渓太君についてた選手がつられてたんで、中のスペースがガラ空きだった。
それが見えていて、『俺を使わなくても、ヒアンがその選択肢を入れてくれればいいな』と思いながら走り込んだ瞬間に目が合って、『あ、パスが来る』と。トップスピードの中で結構難しくて、トラップが流れちゃって、最初右で打とうとしたんすけど、左にうまく切り替えて流し込めました。本当にガムシャラに走ってゴールまで行きました」
室屋成に寄せる信頼「彼はすごいです。ただ…」

チーム2点目をあげたマルセロ・ヒアン【写真:三原充史(Atsushi Mihara)】
「あの1点はだいぶデカかったと思います。前半は相手に押し込まれて自分たちがなかなかボールを持てずにいたし、暑かったんで。本当にあの厳しい中で点を取れたのは、成長した部分かなと思います」
佐藤恵允はこう力を込めたが、それはチーム全員が感じたこと。1−0で前半を折り返せたことで、そこからは余裕を持って戦えたのだ。
実際、後半のFC東京は優位に試合を運んでいた。佐藤恵允も室屋成とのタテ関係で強度の高い守備と攻撃の迫力を見せていた。
最たるものが60分の決定機。
右サイドの深い位置から鋭いタテパスを室屋に出し、彼はそのままフリーで前線に持ち込んだ。
そのままシュートを打つと誰もが確信したシーンだったが、キャプテンは遠藤渓太へのラストパスを選択。これが外れ、惜しくも追加点にはならなかった。
「守備に関しては成君につられてやってます。彼はすごいです。ただ、俺のパスは打ってほしかった」と背番号16は冗談交じりにコメントする。
その思いが室屋に届いたのか、直後の64分には彼のスルーパスからマルセロ・ヒアンが2点目をゲット。この時点でほぼ勝負を決めることができた。
最終的には3−1というスコアだったが、佐藤恵允のハードワークや献身的姿勢が大いに光ったのは確か。2025年1月にFC東京入りして2年目を迎えているが、彼の存在価値は日に日に大きくなっていると見ていいだろう。
明治大学在学中だった2023年8月にドイツ・ブンデスリーガ1部のブレーメン入りした男にしてみれば、当初のビジョンでは今、Jリーグでプレーしているというシナリオはなかったかもしれない。