三竿健斗はなぜ、今の鹿島アントラーズに不可欠な存在となったのか。開幕戦の退場という挫折を経て、試合ごとの振り返りと修正を重ね、プレーの再現性を高めてきた。本人の言葉と現地取材から、30歳を迎えたボランチの進化を読み解く。(取材・文:元川悦子)[2/2ページ]
「成長を止めたら競争に負けていく」
「中盤1枚少なくなるんで、まず中を閉めて外に出させて、そこのスライドをしっかりすることを指示した。あとは相手がウチの左サイドを攻めてくるのが分かっていたんで、誰がどう人数をかけるかを確認しました」
小川のところで少し危ない印象があったのを見極め、鬼木監督は途中出場の林晴己を下げて5バック気味に変更。ゴール前を確実に固めた。
その策も奏功し、鹿島は1-0で勝利。3連勝で勝ち点を32に伸ばしたのである。
この日も三竿の巧みなゲームコントロールが光った。
守備面では危ない場面を確実に阻止し、攻撃面でも的確な配球を見せていた。
鬼木監督の要求に応えられるプレーの幅が感じられ、目に見える成長を感じさせた。
「自分は30代から輝く選手だと思っているんで、ここからがスタートというか、今まで経験したことをどんどん出していきたいなと思います。
今の鹿島には沢山いい選手がいるんで、成長を止めたら競争に負けていく。何歳になっても成長しなければ生き抜いていけない。そう考えながらやっています」
4月16日に30歳の誕生日を迎え、三竿は新たなモチベーションを抱いているという。
「頭をつかってずっとサッカーをやってきた」
進化するために、ピッチ内でつなぎやビルドアップに磨きをかけるのはもちろんのこと、試合後には縄跳びをしたり、特注の色付きサングラスをかけて睡眠の質を高めるように仕向けたりと、取り入れられることがあれば、積極的にトライしているようだ。
「自分は派手な選手じゃない。スピードがあるわけでも、ドリブルがあるわけでもないし、頭をつかってずっとサッカーをやってきた。その経験が今になって、少しずつ出てきているのかなと思います」
最近の一挙手一投足を見ていると、「2018年ロシアワールドカップの頃、今の状態だったら、三竿は確実に大舞台に立っていただろう」という考える人も少なくないのではないか。
「2018年? あの時は悔しかったですけど、客観的に見れば当然だなというのは自分でも分かっているんで。当時は『外された』というより『選ばれてラッキー』だった。
若さと勢いで見てもらえていた感じだし、自分自身も守備だけにフォーカスしていたので、今とはだいぶ違うと思います。当時、やり残した気持ちは自分の中にもあるし、何歳になっても代表に入りたいという気持ちはあります」
三竿は8年前の挫折を振り返りつつ、30代のサッカー人生に新たな意欲と野心をのぞかせた。
賢い彼なら、ここからより高いステージに上り詰めることができるはず。
我々は2026年以降の三竿健斗により一層、注視していく必要がありそうだ。
(取材・文:元川悦子)
【著者プロフィール:元川悦子】
1967年、長野県生まれ。94年からサッカー取材に携わり、ワールドカップは94年アメリカ大会から2022年カタール大会まで8回連続で現地に赴いた。「足で稼ぐ取材」がモットーで、日本代表は練習からコンスタントに追っている。著書に『U-22』(小学館)、『黄金世代』(スキージャーナル)、「いじらない育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(NHK出版)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)などがある。
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