
ベガルタ仙台の安野匠【写真:Getty Images】
あの日の退場が、すべての始まりだった。軽率な行為でチームを苦境に陥れたベガルタ仙台の安野匠は、自らの過ちと向き合い、内省を重ねてピッチへ戻ってきた。記録には残らない執念のプレーに宿っていたのは、20歳のストライカーが5試合ぶりのピッチで抱く覚悟と責任だった。(取材・文:藤江直人)[2/2ページ]
「常にチームを第一に考えて行動してくれ」

丸刈りで気持ちを改めたベガルタ仙台の安野匠【写真:Getty Images】
「安野とは『同じような行為は絶対に許されない』とかなり話をしました。まだ子どもというか、自己中心的な考えやプレーも多いなかで『ピッチの外も含めて、常にチームを第一に考えて行動してくれ』と」
安野が退場した群馬戦は、別の意味でもサッカーファンから大きな注目を集めていた。
周囲へ怒りをぶちまけながらピッチを去る安野を追いかけてきた仙台のゲームキャプテン、松井蓮之がタッチライン際で安野の前方へ回り込み、右手でユニフォームをつかみながら激しい口調で怒りを伝えた。
試合中のピッチ上で前代未聞の光景が繰り広げられてから数時間後。自分勝手な他責思考ぶりを露呈した自身を反省し、松井に厳しく叱責された意味を理解した安野は、夜になって先輩へライン電話を入れた。
「謝罪だけでなく感謝の思いを込めて、絶対に電話をかけなきゃいけないと思っていました」
松井へ感謝を伝えた胸中をこう振り返った安野は、松井から返ってきた言葉をこう明かす。
「もう引きずっていない。しっかり反省して、でもお前のよさを消さずに練習から頑張ってくれ」
直後に安野は髪の毛を短く刈った。いま現在に至る丸刈りに込めた思いは明白だった。
「自分は全力で戦わなければ…」

今大会で初黒星を喫したベガルタ仙台【写真:Getty Images】
「言葉で伝えるのは本当に難しいし、特に自分はそれが下手なのでまずは容姿を改そうと。中身が変わらないと意味がないですけど、本当にこういう気持ちでサッカーします、という意思を示しました」
迎えた秋田戦。累積警告で出場停止だった松井から「ピッチに立てない選手もいる。しっかりやれよ」と檄を飛ばされ、静かな闘志を燃やしていた安野はファン・サポーターの姿に心を2度震わせた。
試合前のベンチ入りメンバー発表に続き、途中出場時にも大きな拍手で背中を押してくれたからだ。
「ああいうプレーをしても自分を応援してくださるファンとサポーターの方々がいる、というのを本当に心強く感じましたし、そういう方々のためにも自分は全力で戦わなければいけない、と思いました」
試合は1-3のまま敗れ、6つのPK戦勝利を含めて開幕から続いていた連勝も「13」で途切れた。
前半に2点を失い、エンドが変わった57分にもゴールネットを揺らされた。百年構想リーグで最多失点を喫した完敗のなかで、安野が全身で示した絶対にあきらめない執念は再出発への羅針盤になる。
生まれ変わった姿を見せられたのでは。試合後にこう問われた安野は静かに首を横に振った。
「生まれ変わったかどうかは、自分というよりは周りに判断してもらうものだと思っているので」
群馬戦直後の4月8日に20歳になったストライカーは、胸中に新たな誓いを立てていた。
「そういった意気込みは常に…」

ベガルタ仙台の安野匠【写真:Getty Images】
「19歳でああいう行為をしてしまって、心を入れ替えて大人の仲間入りをしたなかで本当に自分自身が変わらなきゃいけない。同時に変わらずにやっていかなきゃいけない部分もあると思っています」
変わらない部分とは何なのか。年代別の日本代表に名を連ねてきた安野の答えは決まっていた。
「自分のゴールでチームを勝たせられるように。そういった意気込みは常にもっています」
衆人環視のピッチ上で、安野の今後も思って怒った松井だけではない。森山監督も群馬戦後の公式会見で「若いからと言って許される行為ではない。軽率な行為で試合をぶち壊された」と怒りを露にした。
公式会見での言動はさまざまな形で安野本人のもとにも届く。人目をはばからずに行動した先輩、指揮官、そして温かいファン・サポーターがいる仙台の一員になれた“いま”に、安野はあらためて感謝する。
「そういった方々が支えてくれているからこそ、いまの自分がいると思っています」
怪我人を多く抱える仙台は初黒星から中3日で栃木SC戦、さらに中3日でヴァンラーレ八戸戦に臨む。
総力戦が求められる状況で、感謝の思いをパワーに変える安野はフォア・ザ・チームの精神をその一挙手一投足に脈打たせながら、仙台でまだ決めていないプロ初ゴールも貪欲に追い求めていく。
(取材・文:藤江直人)
【著者プロフィール:藤江直人】
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後の1989年に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。
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