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【Jリーガー山原怜音の異色キャリア図鑑】「最初は泣いてましたね」12歳で親元を離れ…。衝撃だった三笘薫、小井土監督の打診が転機に

シリーズ:Jリーガー異色キャリア図鑑 text by カカロニすがや photo by Getty Images
お笑い芸人カカロニすがやが山原怜音選手にインタビュー
お笑い芸人カカロニすがやが山原怜音選手にインタビュー(画像をタップでYouTubeに遷移)【写真:編集部】



 YouTubeチャンネル『カカロニフットボール』とウェブメディアの『フットボールチャンネル』のコラボ企画「Jリーガー異色キャリア図鑑」。今回は中学時代からJFAアカデミーで寮生活を送り、筑波大学を経て、清水エスパルスに加入、現在は川崎フロンターレで活躍する山原怜音選手のキャリアを深掘りしてきました。[2/2ページ]
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筑波大学で学んだこと「当たり前のように見えて、難しくて」

清水エスパルス時代の山原怜音
清水エスパルス時代の話はYouTube「カカロニフットボールチャンネル」で(画像をタップでYouTubeに遷移)【写真:Getty Images】

 山原選手が感じた筑波大の特徴は「何も強制されるものがない」。

 「これをしろ、あれをしろ、がひとつもないんです。

 プロになるために必要なことを自分で考えて、自分でやる。

 これって当たり前のように見えて、難しくて。でもプロを目指すやつが隣でやってるから、俺もやるしかないでしょ」

 と、高校まで寮生活で決められたルーティーンで生きてきた山原選手、対極のスタイルの中でも学ぶことが多かったそうです。

 そして2年生の終わり頃、エスパルスから正式にオファーが届きました。


 ここでも、運命の巡り合わせなのですが、「大学3年の一年間は、他のチームの練習にも参加してチームを選びたい」というプランがあった中、大学2年の終わりに訪れたのが、コロナ禍でした。

 結果的に、練習参加ができなくなってしまったのです。

 そのプランの続きとして、大学4年では特別指定で出ることを考えていた山原選手は、大学3年の終わりに、ずっと声をかけ続けてくれたエスパルスへの加入を決断し、大学4年でついにJリーグのピッチに足を踏み入れたのです。

 その後の活躍は皆さんもご存知の通り。常にプロになることから逆算して、努力を重ねてきた山原選手の知られざるキャリアの話を聞くことができました。

 YouTubeでは、節目ごとの衝撃を受けた選手や、プロになってからの話なども聞いてますので、そちらも是非ご覧ください。

 何より山原選手の知性と会話力を感じることができるかと思いますー!

 (取材・文:カカロニすがや)

【カカロニフットボールの動画はこちら】

【カカロニすがやプロフィール】
 1991年3月5日生まれ、東京都出身。大学までサッカー部に所属し、お笑い芸人の道へ進み、2016年に栗谷と「カカロニ」を結成。2014年から3大会連続でFIFAワールドカップを現地観戦し、2018年のロシア大会では日本代表対セネガル代表で観客席に飛んできたシュートをヘディングして話題に。今年6月に開幕する今大会も現地で観戦予定。

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