
サッカー日本代表の瀬古歩夢【写真:Getty Images】
サッカー日本代表の瀬古歩夢が、その価値をあらためて証明した。アイスランド代表との壮行試合では、本職のセンターバックではなくボランチとして途中出場。攻守に存在感を示し、チームの勝利に貢献した。幾度もの悔しさを糧に成長を続けてきた男が、初めてのワールドカップ(W杯)へ向けて存在感を高めている。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
「正直、やりやすかった」

サッカー日本代表の瀬古歩夢【写真:田中伸弥】
慣れ親しんだ光景であり、試合展開でもあった。だからこそ瀬古歩夢は動じなかった。
日本、アイスランド両代表ともに無得点で迎えた後半。怪我を負っていた左足の甲に違和感を覚えたキャプテンの遠藤航に代わって途中出場した瀬古が、国立競技場のピッチに立った。
森保一監督から任されたポジションは、本職と自負するセンターバック(CB)ではなく、前半は遠藤が担っていたボランチ。しかも、依然として均衡が破れない73分には状況がさらに変わった。
ボランチを組んでいた田中碧に代わって投入された後藤啓介が、久保建英と並んでシャドーを務める。同じ時間にシャドーの中村敬斗に代わった塩貝健人が、前線で小川航基と2トップを形成した。
主戦システムにすえてきた<3-4-2-1>から、3月下旬のスコットランド代表戦でも後半途中から採用された<3-1-4-2>へ。そのなかで「1」のアンカーを任された瀬古が胸を張った。
「正直、やりやすかったですよ。チームでもアンカーを務める試合が多かったので。ファイヤーフォーメーションのなかで、自分が左でも右でも相手選手を潰せればピンチも招かないと思っていました」
昨年7月に加入したリーグ・アンのル・アーヴルでも、前半戦はボランチやアンカーでフル回転した。特に左右に誰もいないアンカーでのプレーを、自ら「ファイヤーフォーメーション」と呼んで歓迎した。
中盤の底を担う選手の数を減らし、リスクを冒してでもゴールを奪いにいく。熱さが前面に押し出されるからこそ「ファイヤー」がつくフォーメーションで、自らもマグマのような存在感を放ち続けた。
「自分のよさは…」

サッカー日本代表の瀬古歩夢【写真:編集部】
「前半を見ていて、奪った後の縦パス、というのがまったく入っていないと思ったので、そこは積極的に。長谷部さん(長谷部誠コーチ)からもそれを言われていたので、縦パスは意識して試合に入りました」
ミスをしたときには自分が奪い返してみせる。デュエルに抱く絶対的な自信が、中盤の底から何本も通した鋭い縦パスを生み出した。日本のリズムを変えた25歳は、さらにこんな言葉を紡いでいる。
「自分のよさは潰しにいくところなので。もともとは守備の選手なのでそこのバランスを取りながら、試合状況を見て前にあがり、あるいは縦パスを通すところで、自分の特徴を生かせたと思っています」
87分に決まった小川のゴールで、アイスランド代表を1-0で破った31日のFIFAワールドカップ2026(W杯北中米大会)への壮行試合で、瀬古の国際Aマッチ出場数は「14」に達した。
代表デビューを果たしたのは、スイスのグラスホッパーに所属していた2023年3月。ウルグアイ代表との第2次森保ジャパンの初陣で、当時は4バックだった最終ラインの左CBで先発フル出場した。
同じポジションで途中出場したコロンビア代表戦をへて、同年6月のペルー代表戦ではボランチで途中出場。このときも遠藤との交代であり、勝利を告げる主審のホイッスルを初めて聞いた。
しかし、ドイツ、トルコ両代表に連勝した9月シリーズの招集メンバーに瀬古の名前はなかった。
「ああいう経験があったからこそ…」

サッカー日本代表の瀬古歩夢【写真:元川悦子】
その後も森保監督からは声がかからない。年が明けて2024年になっても状況は変わらない。4試合目の国際Aマッチ出場は同年11月の中国代表とのW杯・アジア最終予選第6戦だった。
代表と疎遠になった期間は約1年5カ月におよんだ。しかし、2021年の東京オリンピック(五輪)でも代表メンバー22人のなかに名を連ねながら、一度もピッチに立てなかった瀬古はこんな思いを抱き続けた。
「ああいう経験があったからこそ、いまがあると思っています。もちろん試合に出られなかったときはすごく悔しい思いもしました。そういうハングリー精神がある選手が、ここ(代表)に残っているので」
復帰を果たしてからはすべての代表活動に招集され、北中米大会に臨む26人にも選出された。
ハングリー精神は一番強いのか。アイスランド代表戦後にこう問われた25歳は「強いほうなのかな。ちょっとわからないですけど」と思わず苦笑しながら、代表における空白期間をこう位置づけている。