FIFAワールドカップ(W杯)は、世界中のサッカー選手が憧れる最高峰の舞台だ。そのピッチに立つだけでも偉業だが、親子二代にわたって出場を果たした選手となれば、その数はごくわずかしか存在しない。そこで今回は、それぞれの時代で母国を背負い、ともにW杯のピッチに立った親子を紹介する。[4/5ページ]
フォルラン親子
パブロ・フォルラン(ウルグアイ代表)
生年月日:1945年7月14日
代表通算出場:13試合出場/0ゴール0アシスト
W杯メンバー選出:イングランド大会(1966年)、西ドイツ大会(1974年)
ディエゴ・フォルラン(ウルグアイ代表)
生年月日:1979年5月19日
代表通算出場:112試合出場/36ゴール13アシスト
W杯メンバー選出:日韓大会(2002年)、南アフリカ大会(2010年)、ブラジル大会(2014年)
【魔球ジャブラニを…】
4年に一度の祭典では、毎回のように大会を象徴するスターが登場し記録と記憶に残るプレーでサッカー史に名を刻む。
近年であれば、2010年の南アフリカ大会はディエゴ・フォルランのための大会だったと言えるだろう。
ディエゴは、決定力とチャンスメイクに優れたストライカーとして現役時代にマンチェスター・ユナイテッドやビジャレアル、アトレティコ・マドリードなどで活躍。代表でも通算112試合出場36ゴール13アシストと輝かしい数字を残した。
前述の南アフリカ大会では、魔球とも称された大会公式球「ジャブラニ」を華麗に操って5ゴールを記録。大会得点ランキングトップタイに入り、FIFAゴールデンボール賞を受賞するという大きなインパクトを残した。
【三世代で…】
そんなディエゴの父パブロ・フォルランもウルグアイ代表として1966年イングランド大会、1974年西ドイツ大会に出場している。現役時代は名門ペニャロールの主力として活躍し、数々の国内タイトル獲得に貢献した。
さらに、ディエゴの母方の祖父であるフアン・カルロス・コラソもウルグアイ代表経験者であり、1962年チリ大会では母国代表の監督を務めた経歴を持つ。
つまりフォルラン家は、選手や指導者として三世代にわたりW杯へ関わってきたことになり、ウルグアイサッカーの歴史そのものを体現する家系である。

