FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)が幕を開けた。日本代表はもちろんのこと、いわゆる強豪国と称されるチームのパフォーマンスにも期待が集まる。そこで今回は、各国のサッカーの歴史や戦術に詳しい西部謙司氏に、北中米W杯における注目国について分析してもらった。モロッコ代表編をお届けする。(文:西部謙司)
1つのPKが変えた未来
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アフリカ・ネーションズカップ決勝、開催国モロッコはほとんど優勝しかかっていた。終了間際のPKゲット。残り時間からして、決めれば優勝が決まる。
ここで事件が起きた。
PK判定を不服としたセネガルの選手たちがロッカールームに引き上げてしまったのだ。監督の指示もあり、次々とフィールドから去っていく。そんな中、ただ1人残ったサディオ・マネが必死の説得を行い、最終的には全員をロッカールームから呼び戻して試合は再開された。
この間、約17分。後にCAF(アフリカサッカー連盟)は、試合放棄と判断されうる時間として、セネガルの優勝を剥奪している。
ただし、主審が没収試合を宣言しないまま再開しているので、CAFの裁定にはかなり疑問が残り、セネガル協会はタイトル剥奪を不服としてスポーツ裁判所に提訴している。
長い中断の後、ブラヒム・ディアスはPKを“パネンカ”で狙った。が、GKエドゥアール・メンディはいったん体勢を崩しながら、フワリと飛んできたボールをキャッチ。延長戦に突入後、失点を喫したモロッコは優勝を逃した。
CAFの裁定によって大会後に優勝チームとなったモロッコだが、事実上の決勝敗退はワリド・レグラギ監督の辞任を引き起こした。後任のモハメド・ウアビ監督は内部昇格でもあり、大きな変化はないと思われるが、レグラギ前監督時代の4-1-4-1から4-2-3-1へ変更を行っていて、こうした微修正がどう作用するかは注目されるところである。
ともあれ、ブラヒム・ディアスのPKが決まっていたらおそらくは起こらなかった変化だ。1つのPKが変えた未来はどうなるのだろうか。
もう1つの「アフリカ」
FIFAの巡回コーチとしてアフリカに赴いたデットマール・クラマーは、「サボテンの蹴り方でも教えるつもりか」と同僚からキツイ冗談を浴びせられたという。
「アフリカにサボテンはない」と返したそうだが、欧州人がアフリカのサッカーを軽視していたことがうかがえる。
ただ、この場合の「アフリカ」はおそらくエチオピアやザンビア、あるいはカメルーン、コートジボワールなどのイメージだろう。欧州でアフリカ人選手は早くから活躍していた。
1938年、第3回W杯で得点王となったジュスト・フォンテーヌはモロッコ出身だ。1大会での得点記録は未だに破られていない。アトレティコ・マドリードやマルセイユで活躍したラルヒ・ベンバレクは欧州初の黒人スター選手。ペレが「私が王なら、あなたは神だ」と言ったモロッコの名手である。
モロッコ協会設立は1955年、FIFA加盟は5年後。つまり、フォンテーヌやベンバレクはフランス人として認識され、フランス代表選手でもあった。ベンバレクは58年の独立後に初代モロッコ代表監督になっている。
モロッコ代表としての最初のスターは86年W杯でプレーしたモハメド・ティムミだ。左利きのテクニシャン。「アフリカのマラドーナ」だった。この大会ではアフリカ勢初のベスト16入りを成し遂げている。
前回のカタール大会ではベスト4の快挙。こちらもアフリカ初の偉業である。
レグラギ監督に率いられたチームは4-1-4-1のコンパクトな守備が特徴。MFとDFの間の「1」を務めたソフィアン・アムラバトは最長走行距離と最多ボール回収を記録する大活躍。プレス回避の名手アゼウィン・ウナヒ、準々決勝ポルトガル戦でGKに競り勝つ高空ヘッドで決勝点をゲットしたユセフ・エン・ネシリも印象的だった。
アフリカというと、跳躍力やランニングスピード、「足が伸びてくる」といわれる可動域の広さなど身体能力が想起されがちだが、モロッコはそういうチームではない。モロッコだけでなくチュニジア、アルジェリアの北アフリカは全く違う特徴で、もう1つのアフリカである。
日本やメキシコに…
北アフリカの特徴はテクニックだ。アルジェリア移民の子であるジネディーヌ・ジダンはフランスというより北アフリカ的な選手だった。マグレブ(日の沈むところ)の選手たちはフランスサッカーを支えてきた歴史がある。同時に規律ある組織的な守備も彼らの強みだ。
相手にプレスを仕掛けて奪い、相手のプレスをかい潜れる。現代サッカーにおいて有利な資質を持つモロッコの躍進はそれなりの背景があるわけだ。
北アフリカ勢は身体能力に秀でているわけではない。ボールテクニックの基盤である身体操作能力は優れているが、スピードやパワーは平凡の域を出ない。タイプとしては日本やメキシコに近いかもしれない。
得点力ある万能型MFイスマエル・サイバリ、世界最高クラスの右SBアクラフ・ハキミ、マグレブらしいドリブラーのアブデ・エザルズーリなど、個々の技量は高い。ただし、フランスやブラジルのような理不尽さはない。圧倒的な身体能力を持たないからで、その点も日本やメキシコとよく似ている。
ただ、前回大会後にスペイン代表から鞍替えしたブラヒム・ディアスはやや別格といえる。レアル・マドリードの準レギュラーとしてプレーする右ウイング。左利きだが右足も使えて、小刻みな停止と発進を繰り返すドリブルを止めるのが難しい。ネーションズカップでは得点王を獲得した。あのPKを決めていれば国民的英雄として称えられていただろう。
そしてモロッコも北中米大会の優勝候補の1つとして登場することになったはずだ。しかし、実質的に自国開催の大会でアフリカ王者を逃し監督が交代、システムにもマイナーチェンジがありそうだ。
ただ、チームのベースは変わらない。モロッコは依然として優勝候補の一角に挙げられて不思議ではない力を持っている。あの決勝で未来は少し変わってしまったけれども、それが悪い未来とは限らない。
(文:西部謙司)
【著者プロフィール:西部謙司】
1962年9月27日生まれ、東京都出身。学研『ストライカー』の編集記者を経て、02年からフリーランスとして活動。95年から98年までパリに在住し、ヨーロッパサッカーを中心に取材。現在は千葉市に住み、ジェフ千葉のファンを自認し、WEBスポーツナビゲションでは「犬の生活」を連載中。サッカーダイジェスト、フットボリスタなどにコラムを執筆中。『ちょいテク 超一流プレーヤーから学ぶちょっとスペシャルなワザ』監修(カンゼン)、「サッカー右翼サッカー左翼」(カンゼン)、近著に『戦術リストランテⅣ』(ソル・メディア)、「ゴールへのルート」(Gakken) 、共著の『サッカー日本代表の戦術が誰でも簡単に分かるようになる本』(マイナビ)、『FCバルセロナ』(ちくま新書)がある。
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