
サッカー日本代表 堂安律【写真:Getty Images】
またしても叶わなかった決勝トーナメントでの勝利。敗戦を誰よりも重く受け止めていたのは堂安律だった。攻守両面でチームを支え続けた背番号「10」は、試合後、自らに厳しい言葉を投げかけた。そこには、日本代表を勝たせたいという強い責任感がにじんでいた。(取材・文:元川悦子)[2/2ページ]
「負けるチームではないのになと…」

試合後に挨拶をするサッカー日本代表の選手たち【写真:田中伸弥】
そして後半アディショナルタイム。田中碧が相手にボールを失うと、それを中央へ展開され、最終的にガブリエウ・マルティネッリに仕留められてしまった。
1−2でタイムアップの笛が鳴り響いた時、堂安はピッチに倒れ込む田中碧や上田綺世ら仲間たちの姿を茫然と見つめるしかなかっただろう。
「負けるチームではないのになと思ったりはしました。試合を冷静に振り返ったら、厳しかったなと思いながら、いろいろな感情はありましたけど。
自分が代わった65分から何を変えれば、ちょっとでも勝てる確率を上げられたのかとか、ちょっとリスクを冒してプレッシャーを前にかければとか、冷静には考えていました」と堂安は「なぜ自分たちは負けたのか」という疑問の答えを必死に探そうとしていたという。
結局、日本はラウンド32敗退という、悔しい結末を迎えることになった。くじ運が悪かったこと、南野拓実や三笘薫、久保建英という主力級アタッカーが相次いで離脱したことなど、敗因を分析すればいくつもあるが、堂安はそういう言い訳を嫌う男だ。自分に矢印を向けて、あえてこういう物言いをした。
「守備を頑張ったとはいえ…」

サッカー日本代表 堂安律【写真:Getty Images】
「すごく厳しいことを言うと、自分は点を取れていないので。いくらチームを助ける、助けると、中心で声をかけたり、守備を頑張ったとはいえ、ゴールでチームを助けたいという思いが強かった中でそれができなかった。そこには自分自身、厳しい目を向けています」と背番号「10」は不完全燃焼感を吐露したのだ。
4年前のカタールでドイツ代表、スペイン代表を撃破し、ヒーローになった男には、本来であればそういう役割を担ってほしかった。
チーム事情もあって堂安は“献身的な10番”のまま終わってしまったが、彼はもっともっと攻撃で違いを作れる選手。そこを見せられないままアメリカの地を去るのは、森保監督も本人も辛いはずだ。
だからこそ、次の4年間は攻撃・守備の両面で圧倒的存在感を示せる選手にならなければいけない。そのためにも所属クラブでのさらなる成長は必須だろう。
誰が監督になるのかも、堂安がどういう立場になるのかも分からないが、ブラジル戦で味わった屈辱感だけは絶対に次への糧にしなければいけない。
次のステージへ力強く前進していく堂安に大きな期待を寄せたいものである。
(取材・文:元川悦子)
【著者プロフィール:元川悦子】
1967年、長野県生まれ。94年からサッカー取材に携わり、ワールドカップは94年アメリカ大会から2022年カタール大会まで8回連続で現地に赴いた。「足で稼ぐ取材」がモットーで、日本代表は練習からコンスタントに追っている。著書に『U-22』(小学館)、『黄金世代』(スキージャーナル)、「いじらない育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(NHK出版)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)などがある。
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