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ティキ・タカは必要なくなった。スペイン代表、最重要ポジションがMFからWGに変わったわけ【北中米W杯注目国分析】

北中米W杯を戦うスペイン代表
北中米W杯を戦うスペイン代表【写真:Getty Images】



 北中米W杯を戦うスペイン代表は、26人中8人がバルセロナ所属。この数字が示す通り、現在のスペイン代表はほぼバルセロナのサッカーそのものだ。ティキ・タカはすでに舞台を失い演者もいなくなったが、代わって台頭したのが「構造主義」。判断に迷わぬ自動化されたサッカーの終着点はウイングであり、19歳のラミン・ヤマルの出来が優勝を左右する。(文:西部謙司) [1/2ページ]

ほぼバルセロナ


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スペイン代表 北中米W杯
バルセロナ所属選手が多いスペイン代表【写真:Getty Images】


 スペイン代表26人中8人がバルセロナ所属。約30%を占めている。全体の3割というとそれほど多くない印象だが、同クラブの主力はほぼ選出されていて、左SBのアレハンドロ・バルデがいないだけだ。

 バルセロナには外国籍選手もいるわけで、そう考えるとレギュラーになれば代表はほぼ確実。準レギュラークラスでも代表入りしている。

 2010年のFIFAワールドカップ(南アフリカW杯)で初優勝した時もバルセロナの選手が主力だった。こちらは23人中8人。

 単独クラブが代表の基盤になるのは1990年代までは珍しくなく、自国の強豪クラブを中心に代表を編成するのはむしろ普通だった。

 しかし、95年のボスマン判決以降の移籍自由化と外国人枠の拡大で代表選手はイングランド、スペイン、イタリア、ドイツなどの有力クラブに集中していき、多くの国のリーグが空洞化。国内クラブを中心に代表を編成できなくなった。

 そんな中、ひとつのクラブを基盤にできた例外が自国リーグにバルセロナ、バイエルンを持つスペインとドイツ。南アフリカW杯はスペイン、その4年後のブラジルW杯はドイツが優勝している。

「グアルディオラのチームによる連覇」

ジョゼップ・グアルディオラ
かつてバルセロナを率いたジョゼップ・グアルディオラ監督【写真:Getty Images】


 基盤となったバルセロナ、バイエルンのプレースタイルはどちらもジョゼップ・グアルディオラ監督が作ったものなので、W杯の指揮はしていないのに「グアルディオラのチームによる連覇」と言われたりもした。

 代表チームの活動日数が限られているのは周知のとおりで、毎日トレーニングできるクラブの戦術、コンビネーションを使えるなら大きなメリットになる。

 今回のスペイン代表もプレースタイルはほぼバルセロナだ。

 優勝したUEFAユーロ2024(EURO2024)の両翼は右にラミン・ヤマル、左がニコ・ウィリアムズだったが、左がフェラン・トーレスかダニ・オルモの場合はよりバルセロナに近づく。左ウイングが中へ入る「偽ウイング」。ブラジル代表のラフィーニャがそれで新境地を拓いたやり方だが、そのままスペイン代表で使われている。

 負傷明けのヤマルがベンチに座ったグループステージ第1節では、フェラン・トーレスが右ウイングに入り、ガビが左に配置された。このガビの役割というのも、かつてイニエスタがバルセロナで担っていたものだ。

 同クラブは2シーズン前からハンジ・フリック監督が導入した極端なハイラインを採用しているが、パウ・クバルシとコンビを組むエリック・ガルシアが今大会では一度も出場していないこともあり、ラ・リーガで見せているほど顕著ではない。

 現在のバルセロナはドイツ人監督に率いられているからドイツ流と言えないこともないが、それより太い幹の部分はバルセロナの伝統であり、さらにスペインのサッカーとして定着したものだ。ルーツを辿ればオランダになる。

クライフ→ファン・ハール→グアルディオラ

ペップ・グアルディオラ
選手時代のジョゼップ・グアルディオラ【写真:Getty Images】


 現在のバルセロナの基盤を作ったのが1988年に就任したオランダ人、ヨハン・クライフ監督。「ドリームチーム」と呼ばれた超攻撃的プレースタイルは当時極めて異色だった。

 オランダ人監督は以前にリヌス・ミケルスがいたが、オランダ方式に固まったのはクライフ監督の時代からだ。

 オランダというよりアヤックスのスタイル。つまり、アヤックスでトータルフットボールを開始したミケルス、その時の選手だったクライフ、さらにクライフ監督時の選手だったグアルディオラへと受け継がれ、1つの完成形に至ったわけだ。

 クライフがバルセロナに植え付けたのは、簡単に言えばポジションとポゼッションのサッカーである。

 正しいポジショニングと正確なパスワーク。この両輪が回ればボール支配率は必然的に高くなる。ボールを支配して押し込む時間が長いので、前進守備(プレッシング)も効果を発揮する━━この考え方はそっくりそのまま現代サッカーに通じている。

 クライフの時代、人々はまだ何をしているのかよく理解できていなかったが、グアルディオラ監督の時代に完成図が示されるに至り、またその間にも少しずつ理解を深めた結果、オランダ方式はスペイン全土に普及した。今ではむしろスペインのサッカーとして認識されている。

 グアルディオラはミケルス→クライフの直系。しかし、その間にルイ・ファン・ハールが挟まっている。

 ペップが2番目に率いたバイエルンからは、ファン・ハール監督の色が濃くなった。ペップはクライフの「息子」だがファン・ハールの「甥っ子」でもあるのだ。

 バルセロナのサッカーは「ティキ・タカ」として有名になった。これはスペイン代表に直接的に影響を与えている。2つのチームで軸となったシャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケツはバルセロナの選手であり、他にもビジャ、ペドロ、ジェラール・ピケ、カルレス・プジョルも両方のチームでプレーしていた。

 しかし、同じグアルディオラ監督が率いたバイエルンはバルセロナとは少し異なっている。ティキ・タカ色は薄まり、3番目のマンチェスター・シティではさらにティキ・タカから離れている。同じオランダルーツなのだが、クライフからファン・ハールへシフトした印象なのだ。

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