
鹿島アントラーズ所属MF松村優太【写真:Getty Images】
昨年12月の左肩手術を乗り越え、約半年ぶりに戦列に戻った鹿島アントラーズの松村優太。明治安田J1リーグ開幕節の横浜F・マリノス戦では、途中出場のジョーカーとして流れを変え、後半の3得点に絡んで2点差からの4-3の劇的逆転勝利を呼び込んだ。25歳となった今、自らに求めるのはチームを支える「屋台骨」としての役割。鹿島で7年目を迎えた松村が語る覚悟と使命感に迫る。(取材・文:元川悦子)[2/2ページ]
「自分たちがJリーグを引っ張っていく」

レオ・セアラと抱き合う徳田誉【写真:Getty Images】
「開幕戦という大きな舞台で、地上波放送もあって、自分たちがJリーグを引っ張っていくことを示す絶好の場になった」と本人も胸を張ったが、鹿島きってのドリブラーが本来の姿を取り戻したのは、本当に大きな収穫と言っていいだろう。
冒頭で触れた通り、今季の鹿島は松村と同い年の荒木と濃野が去り、1つ上の師岡もチームを離れた。中堅と言えるのは、彼と2026年北中米ワールドカップ(W杯)日本代表の早川友基、関川郁万くらいだろう。
「コロナ禍の頃に入ってきた選手はほぼいなくなった? そうですね。ホントに自分が(在籍)最長くらいになっているんじゃないかな」と松村は笑みをのぞかせたが、その分、「中堅としてしっかりチームを支えていこう」という決意と覚悟を強めているのは間違いない。
「上に頼るだけでも、若い子たちの押し上げに期待するだけでもどうにもならない。今の鹿島は中堅が少ないですけど、本当に自分が屋台骨としてやっていかないといけないと思っています。
今季はシーズン移行も初めてだし、開幕前に大ケガの選手も出ちゃったし、アジアもある。アジアは自分もやったことがないんで、どうなるか分からない。だからこそ、全員が自分と向き合いながら、1試合1試合を真剣に取り組む必要がある。
自分は上の人たちだけに頼るんじゃなくて、下の吉田や徳田たちにいろんな経験を伝えていく立場だと思う。そういう柱として、鹿島に加わっていければ一番いいかなと感じています」
こう語気を強めた松村がより一層、躍動感あるパフォーマンスを見せてくれれば、鹿島攻撃陣も大いに活性化するはずだ。
そして彼自身も2030年W杯を目指せる立場を築くことにもつながる。2027年3月からはパリ五輪代表時代に自身を高く評価してくれた大岩剛監督がA代表を率いることになる。その時点で松村が代表入りのテーブルに載っている状況になれば理想的。「4年あれば何があるか分からない」と言い切る本人も虎視眈々と高みを追い求めていく構えだ。
(取材・文:元川悦子)
【著者プロフィール:元川悦子】
1967年、長野県生まれ。94年からサッカー取材に携わり、ワールドカップは94年アメリカ大会から2022年カタール大会まで8回連続で現地に赴いた。「足で稼ぐ取材」がモットーで、日本代表は練習からコンスタントに追っている。著書に『U-22』(小学館)、『黄金世代』(スキージャーナル)、「いじらない育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(NHK出版)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)などがある。
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