
Jリーグ史に残る「サッカー一家」10選【写真:Getty Images】
長い歴史を持つJリーグでは、これまで多くの兄弟や親子がプロの舞台に立ってきた。兄弟で敵味方に分かれて対戦したケースもあれば、同じチームで215試合も共闘した双子、親子2代で日本代表のピッチに立った一家もいる。さらに、父が監督、息子が選手として対戦した親子や、世界的スターの兄としてJ2でプレーした選手もいた。名取裕樹著『J.LEAGUE FACT & RECORD BOOK “非”公式記録集 1993~2025(カンゼン刊)』では、Jリーグの歴史に刻まれたさまざまな記録を紹介している。今回は同書の第12章「親・兄弟」から、Jリーグ史に残る「サッカー一家」にまつわる10の記録・エピソードを抜粋して紹介する。※書籍本文より抜粋。記録・表記は書籍掲載時点のもの。[3/5ページ]
ジーコ&エドゥ――兄弟でJ1クラブを指揮

鹿島アントラーズ監督時代のジーコ【写真:Getty Images】
【兄弟でJ1の監督に】
J1クラブの監督を務めた兄弟は3組いる。第1号は鹿島のジーコと兄エドゥ。エドゥが1994年8月から95年末まで鹿島の監督を務め、ジーコは99年8月に鹿島が監督を解任した後、コーチングライセンスの関係から「総監督」の肩書で12月の天皇杯まで事実上の監督として指揮を執った。
ハーフナー・ディド&マイク、ニッキ――親子でJ1第1号

横浜F・マリノス時代のハーフナー・マイク【写真:Getty Images】
【親子でJ1第1号は?】
親と子がJ1でプレーした第1号は、1993年から名古屋、磐田、札幌のゴールを守ったオランダ出身のGKハーフナー・ディドと、息子のFWハーフナー・マイク。マイクが横浜M時代の2006年4月15日、G大阪戦の83分に交代で出場して実現した。弟の名古屋DFニッキも13年9月14日の清水戦で82分から出場し、J1初出場を果たした。
J.LEAGUE FACT&RECORD BOOK
“非”公式記録集 1993~2025
Jリーグは2026年、これまでの春秋制から秋春制へ移行する。新たなフェーズに入るJリーグの開幕に合わせ、1993年から2025年までの33年間に生まれた、さまざまな「ファクト」「レコード」「トリビア」を一冊に凝縮。Jリーグ公式の『J.LEAGUE YEARBOOK』、通称「赤本」が発行されなくなって10年以上が経った今、“非”公式ながら圧倒的な情報量と正確性を備えた、待望の「黒本」が堂々完成した。
- 出版社
- カンゼン
- 発売日
- 2026年8月19日
- ページ数
- 248ページ
