
バルセロナ&レアル・マドリードでプレーした選手【写真:Getty Images】
バルセロナは今夏、FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)のMVPに輝いたスペイン代表MFロドリを完全移籍で獲得した。レアル・マドリードへの移籍が目前と見られていた中、状況は一変。最大のライバルへの加入を決断した。強烈なライバル心を抱く両クラブでは、直接の移籍はもちろん、他クラブを経由した場合でも、ファンやメディアからさまざまな反応を受けることになる。今回は、そんな両クラブでプレーした選手を紹介する。※データは『Transfermarkt』を参照(8月24日時点)。[4/5ページ]
MF:ルイス・フィーゴ

バルセロナ&レアル・マドリードでプレーしたルイス・フィーゴ【写真:Getty Images】
生年月日:1972年11月4日
在籍:〈1995年~2000年〉バルセロナ/〈2000年~2005年〉レアル・マドリード
【バルサでは地位を確立】
バルセロナとレアル・マドリードの選手において直接移籍はご法度だ。だが、その禁忌を破ったケースは幾つか存在しており、なかでもルイス・フィーゴのレアル・マドリード加入は今もなお特大のインパクトを放ち続けている。
ポルトガル・リスボン出身のフィーゴは、母国の名門・スポルティングCPでプロの世界の扉を叩いた。1995年7月にはバルセロナへ加入。なお、直前にユヴェントスおよびパルマと二重契約の状態になり、2年間の間イタリアのクラブと契約締結できなくなるなど、この頃から移籍にまつわるゴタゴタを経験している。
バルセロナではラ・リーガやコパ・デル・レイ優勝に貢献。パトリック・クライファート、リバウドと共に3トップを形成したフィーゴは世界的なウインガーとしての地位を確立していった。
【ファンの怒りは収まらず…】
しかし、2000年7月にはレアル・マドリードに電撃移籍。突如として裏切りを受けたバルセロナファンはフィーゴを“ペセテーロ”(守銭奴)と呼び、フィーゴ自身が経営するバルセロナ市内の日本料理店を破壊した。
2000年10月に行われた『エル・クラシコ』では、カンプ・ノウに帰還したフィーゴに耳をつんざくようなブーイングが浴びせられた。憎悪はその後も続き、2002年11月の試合ではコーナーキックを蹴ろうとしたフィーゴのもとにスタンドからビンやペットボトル、さらには子豚の頭まで投げ入れられて騒然とした雰囲気になった。
“銀河系軍団”の背番号10は、2005年8月にインテルへ去るまで公式戦通算245試合で58ゴール94アシストをマーク。禁断の移籍を含め、人々の記憶に残り続ける伝説的な選手だったことは間違いない。