
フロジノーネ・カルチョを率いるマッシミリアーノ・アルヴィーニ【写真:Getty Images】
26年かけて、ようやくたどり着いた。フロジノーネ・カルチョを率いるマッシミリアーノ・アルヴィーニ監督が、セリエA20試合目にして初勝利を挙げた。その舞台は、幼い頃から通ったフィオレンティーナの本拠地。下部リーグから這い上がり、セリエA初挑戦では未勝利のまま解任も経験した56歳の苦労人は、いかにして“降格候補”と見られた昇格組をここまで戦えるチームへと変えたのか。(文:佐藤徳和)[1/2ページ]
26年かけてたどり着いた場所

フィオレンティーナのメモリアルマッチでセリエA初勝利を挙げたマッシミリアーノ・アルヴィーニ【写真:Getty Images】
恐らく多くの人は、フロジノーネ・カルチョを率いる56歳の指揮官にとってのセリエA初勝利が、フィオレンティーナの100周年を祝うメモリアルマッチになるとは、露にも思わなかったはずだ。
その指揮官の名は、マッシミリアーノ・アルヴィーニ。2000年から指導者の道を歩み始め、セリエAで20試合目の指揮にして、初めて手にした記念すべき白星だった。
しかし、開幕節のユヴェントス戦を観ていた者なら、フィオレンティーナにとっては、決して容易な一戦ではないことを感じていただろう。しかも、フィオレンティーナは初戦のASローマ戦で0-4と大敗を喫していたのだから。
それでも、ガブリエル・バティストゥータやルイ・コスタら歴代のレジェンドがスタンドから見守る、この特別な一戦で、昨季のセリエBを2位で終えた昇格組のクラブに0-3と完膚なきまでに叩きのめされるとは、誰も想像していなかったに違いない。
アルヴィーニも、勝利を手繰り寄せるために策略を練ったことだろう。だが、3-0というスコアまでイメージすることはできなかったのではないか。
しかも、フィオレンティーナの本拠地アルテミオ・フランキは、アルヴィーニが子どもの頃から足繁く通っていた“心のスタジアム”である。
指導者として26年かけて手にしたセリエA初勝利が、かつて憧れたフィオレンティーナを相手に、その舞台で刻まれることになったのだ。
「自分たちにはアイデンティティーがある」

クラブ史上初のセリエA残留を目指すフロジノーネ・カルチョ【写真:Getty Images】
アントニオ・ライモンドによる26分のセリエA初ゴールで幸先よく先制したフロジノーネ・カルチョは、38分にも、チームの下部組織出身であるガブリエーレ・ブレカッリャのヘディングシュートでリードを2点に広げる。
その後も今夏の移籍市場でフロジノーネ・カルチョの約5倍にあたる1億5000万ユーロ(約270億円)を投じたフィオレンティーナに対し、恐れることなく前からプレッシャーを掛けて戦い続けた。
何度もポストに救われる幸運にも恵まれると、68分にはライモンドがさらに追加点を奪い、リードを3点に広げる。フィオレンティーナの猛攻を退け、試合終了のホイッスルが鳴ると、アルヴィーニは勝利を噛みしめるようにスタッフと抱擁を交わした。
目が潤んでいるようにも見えたアルヴィーニは、試合後の公式会見でこう語った。
「チームのことをうれしく思う。簡単な試合ではなかった。勝利を手にすることができたが、スコアは我々の出来に比べれば、かなり大きなものになったと思う。フィオレンティーナはタフな試合をしていたし、点差を縮め、完全に試合へ戻ることのできる時間帯もあった。それでも、ここで勝つことができたという事実には大きな意味がある」
大きく喜びを表すこともなく、出来すぎた勝利だったと謙虚な見解を示した。
「フロジノーネには、自分たちのアイデンティティーとスタイルがある。もちろん、試合や自分たちが何をしたいかによって変わってくる。相手を高い位置から捕まえに行くのか、それとも低い位置で待ち構えるのか、ということだ。ただ、我々のアイデンティティーは明確にある。今日は、とにかく最大限のものを出そうという気持ちで戦った」
そう、彼らには確立されたアイデンティティーがあった。どんな相手にも怯むことなく戦う。その姿勢は、誰の目にも明らかだった。
7部から始まった監督人生

レッジャーナをセリエB昇格に導いたマッシミリアーノ・アルヴィーニ【写真:Getty Images】
アルヴィーニのキャリアを見れば、“苦労人”という言葉を使わずにはいられない。
アルヴィーニは、1970年4月20日、トスカーナ州フィレンツェ大都市圏のフチェッキオ市で生まれた。
彼もまた、アッリーゴ・サッキ、アルベルト・ザッケローニ、マウリツィオ・サッリと同じように、プロフェッショナルとしてプレーした経験がない監督だ。それでも、アマチュアクラブで長くプレーした実績はある。
フィレンツェ市内のクラブ、フィレンツェ・オヴェストを経て、フチェッキオ近郊のシーニャ市と同じ名前を持つSSシーニャで長くプレー。ここで現役を終えると、このクラブで指導者の道をスタートした。
下部組織の監督を任され、2001年にはトップチームの指揮官に就任。プロモツィオーネ(当時の7部リーグに相当)に所属していたチームを、すぐにエッチェッレンツァへと昇格させた。順風満帆な船出だった。
2006/07シーズンにはトスカーナ州ピストイア県のクラブ、ACクアッラータを、2008/09シーズンにはピサ県のトゥットクオイオを、いずれもプロモツィオーネから優勝へと導いた。
トゥットクオイオでは2009/10シーズンにセリエDへ昇格し、2012/13シーズンにはレーガ・プロ・セコンダ・ディヴィジョーネ(当時の4部リーグ)へとチームを引き上げた。
トゥットクオイオで3度にわたり上位カテゴリーへの進出に成功し、アルヴィーニの名は下位カテゴリーのクラブを中心に一気に広まっていく。
2019/20シーズンには、セリエCのレッジャーナの指揮官に抜擢されると、プレーオフを勝ち抜き、セリエBの舞台へと駆け上がる。