待ち望んだ日本代表のピッチに、松木玖生は最高の形で第一歩を刻んだ。ウルグアイ代表戦で初招集、初先発を果たすと、11分には鮮烈な先制ゴール。欧州で積み重ねてきた成長を示した一方で、心残りもあった。「一緒にプレーがしたかった」。その相手は、FC東京時代から松木を高く評価し、4年前に「代表で待っているぞ」と声をかけた長友佑都だった。18歳だった松木は、その言葉を胸にどのような道を歩み、日の丸を背負う場所までたどり着いたのか。(取材・文:藤江直人)[2/2ページ]
松木玖生の背中を押した先輩たちからの言葉
「この試合ではあまり縦にいかなかったというか、コンビネーションでいく形が多かった。ウイングとしてクロスもありながら自分でも剥がしていって。もっと怖さを見せられるようにしていかなきゃいけない」
飽くなき向上心を抱く松木を、W杯に出場した代表メンバーたちもすでに認めているのだろう。
「碧くんに『絶対に今日、決める』と言われていたので、ゴール決められて本当によかったです」
キックオフ前に田中碧とかわしたやり取りを明かした松木は、右サイドで縦のコンビを組んだ瀬古歩夢をはじめとして、緊張と興奮とが交錯したデビュー戦で先輩選手たちから背中を押されたと感謝する。
「お前ならできるとみんなから言われて、それが自分の心の支えになりました。特に歩夢くんは常に立ち位置の指示を出してくれて、自分のプレーを引き立ててくれた。自分もすごくやりやすかったです」
日本サッカー界を驚かせたゴールは、松木のなかでは先輩たちへの恩返しとして位置づけられている。
「今日のような形でこれからもっと、もっと得点やアシストに絡んでいって、チームに一番貢献するプレーを忘れずに取り組んでいければ、代表での立ち位置もつかめていけるのではないか、と思っています」
こう語った松木は27歳で迎える2030年のW杯へ、しっかりと照準を定めた。復帰へ向けてリハビリに取り組む長友へのエールも込めて、A代表で刻んだ軌跡をさらに色濃いものにしていく。
(取材・文:藤江直人)
【著者プロフィール:藤江直人】
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後の1989年に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。
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