明治安田J1リーグ第34節、鹿島アントラーズは敵地でヴィッセル神戸とスコアレスドローに終わり、勝ち点1を積み上げた。右サイドバックで出場した濃野公人は、序盤から神戸の猛攻にさらされながらも、集中した守備で無失点に抑え込んだ。残り4試合、優勝の行方を左右する戦いの中で、濃野はどんな爪痕を残していくのだろうか。(取材・文:元川悦子)
優勝の行方を左右する大一番となった一戦

【写真:Getty Images】
10月の代表ウィーク前の33試合終了時点で勝ち点65の首位に立っていた鹿島アントラーズ。勝ち点60で並ぶ2位・京都サンガF.C.、3位・柏レイソル、4位・ヴィッセル神戸と5ポイント差でラスト5戦というところまで来ていた。
残りカードは神戸、京都、横浜FC、東京ヴェルディ、横浜F・マリノス。10月17日の神戸と25日の京都との上位対決を連勝できれば、2016年以来の悲願のJ1タイトル獲得が見えてくる。
それを現実にするためにも、まずは神戸戦を確実に乗り切る必要があった。
対する神戸も3連覇のために絶対に勝ち点3が必要な状況だった。
吉田孝行監督は10月4日の浦和レッズ戦で負傷交代したエース・大迫勇也を復帰させ、さらには武藤嘉紀、宮代大聖ら主力を抜擢。負傷欠場した酒井高徳の右サイドバック(SB)のポジションには飯野七聖が陣取る形になったが、最強布陣で鹿島にぶつかっていった。
その神戸の気迫はスタートから凄まじいものがあった。
「さすがは神戸さんだな」
開始早々の3分にはマテウス・トゥーレルのロングパスを大迫が収め、宮代に展開。そこから最終的には大迫がゴール前でフリーになるが、鹿島は日本代表守護神・早川友基が鋭い反応でセーブ。最初のピンチをしのぐことに成功した。
しかし、そのあとも神戸の猛攻は続く。特に迫力があったのが、彼らの左サイドだ。
左FWに武藤、左インサイドハーフに宮代、左SBに永戸勝也と推進力ある3人が陣取り、グイグイと前へ前へと攻めてくるため、鹿島の右SB・濃野公人は守備に忙殺された。
「『さすがは神戸さんだな』っていう入りの圧力と前からのプレスで、物凄く脅威を感じました。でもその流れは想定通りと言えば想定通り。そう来るっていうのはスカウティングでもあったんで、動揺することはなかった。
結構キツかったですけど、過去の神戸戦を振り返っても、0−0で耐えていたら、相手の運動量が落ちてくるというイメージがあった。それを信じて守っていた感じです」
とりわけ、武藤とのマッチアップは緊張感が募ったことだろう。武藤も33歳になったとはいえ、一瞬のスピードと打開力は一級品だ。
濃野はもともと守備に課題があると言われてきた選手だけに、この大一番で自分の成長を示す必要があった。
関西学院大学時代の4年間を過ごした関西でのゲームで、関係者や仲間も数多く見に来ていたこともあって、そういう自覚はより一層強かったようだ。
「最悪でも手が届くところで…」
「(武藤さんに対しては)ピッチ状態(の悪さ)もあったんで、あんまり前を空けすぎると、もしかして滑ったりして、ギュッと行かれる可能性はあった。
最悪でも手が届くところで詰めるっていうのを意識してやっていました。結果的に完全突破される場面はなかったのかなと。それはよかったかな」と本人も明確な狙いを持って対峙し、ピンチを未然に防いだ自信をのぞかせた。
30分までは守勢一辺倒となったが、濃野の読み通り、前半を0−0で折り返すことに成功すると、後半に入り少しずつ押し込めるようになっていく。56分にチャヴリッチの折り返しにエウベルが飛び込んだ決定機も、起点を作ったのは濃野だった。
「チャッキーの背後は勝算があったと思うので、そこにもっと早く気づいて、スペースを使えたら、また違ったゲーム展開になっていたのかなと。相手のSBと2対1を作れる状況でしたし、そこは自分の反省点ですね」と濃野はビッグチャンスをお膳立てしつつも、改善点を思い描いていたという。
そして70分に津久井佳祐が入ってくると、濃野は一列前の右MFへ移動。鬼木達監督に得点源としての仕事を期待された。
膠着状態の中、背番号22が右SBから右MFに上がって攻めのギアを上げるというのは最近よく見られるパターン。今季はまだ1点しか奪えていないものの、ルーキーイヤーの昨季に9点をマークした男のフィニッシュの迫力を指揮官も高く評価しているから、切り札として起用し続けているのだろう。
「サッカーは“たられば”の連続」
その期待に応えるべく、濃野はより前へ出ていこうとした。最たるシーンが後半アディショナルタイムのビッグチャンスだ。
知念慶が左サイドでボールをキープし、前線へ展開。途中出場の田川亨介が抜け出し、ゴール前に持ち込んだのだ。
この時、濃野も右から中へ走っていた。彼が少しタイミングを遅らせて侵入し、田川からラストパスをもらえていたら、確実に仕留めていただろう。
だが、そういう形にはならず、田川はそのまま左足シュートを放ち、GK前川黛也に防がれてしまった。本当に惜しいシーンではあった。
「サッカーは“たられば”の連続。あの時の亨介君の判断が正解とか間違いだとか、そういう話じゃないし、僕はあそこに入り続けることが大事だと思います。
決して引き分け狙いで試合に臨んだわけじゃないし、最後まで勝ちに行く気持ちで戦っていたので、自分的には勝てなくて悔しい。でも次につなげることができたんで、よかったかなと思います」
7分ものアディショナルタイムも走り抜き、0−0でタイムアップの瞬間を迎えた濃野は冷静にこう話した。
コーナーキック14本・直接フリーキック19本という凄まじいチャンスを作られ、12本のシュートを浴びる中、敵地で勝ち点1を取れたのは、鹿島にとって大きな一歩に他ならない。
「この緊張感を楽しめる人間に…」
鈴木優磨は「神戸との勝ち点差はつかなかったけど、他のチームが追い上げてくる」と厳しい表情で話したが、苦境を耐え抜いたタフなドローを意味あるものにしなければいけないのは確かだ。
「このアウェイ2連戦が本当に大事だっていうのはみんな分かっていること。その中でも楽しんでやらないといけない。僕はこの緊張感を楽しめる人間になりたいなと思います」
濃野がしみじみこう話したのも、右膝外側半月板損傷の大ケガで戦列を離れていた1年前の自身の姿が脳裏をよぎったからだろう。当時の鹿島は中後雅喜監督(現コーチ)が暫定的に指揮を執っていたが、すでにタイトルの可能性がほぼ消えていた。
しかし今季はラスト4戦を残してJ1制覇の可能性が大いにある。背番号22はその主力として躍動し、日々成長を感じられている。この貴重な時間を大切にしなければいけないし、大きな成功につなげていく必要があるのだ。
今回の武藤封じ、そして完封という成果を糧に、濃野はJ1王者への道をひた走る構えだ。
ラスト4試合で背番号22は攻守両面でどのような爪痕を残すのか…。彼には鬼木監督ら多くの人々の期待に応える責務がある。
(取材・文:元川悦子)
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