フットボールチャンネル

コラム 1か月前

無駄が一切ないビルドアップの機能美。ドイツを撃破したスロバキアを例に。Locken―自陣に相手を誘い込む―【BoS理論11】

シリーズ:コラム text by 河岸貴 photo by Getty Images

『サッカー「BoS理論」 ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法』の続編として、ドイツサッカーを知り尽くす筆者が「BoS理論」に基づいてサッカーをアップデートしていく本連載。第11回となる今回はスロバキア代表を例に、自陣に相手を誘い込んでゴールへ向かっていくプレーについて解説していく。(文:河岸貴)

【過去の連載はこちらから読めます】
【関連書籍】
『サッカー「BoS理論」 ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法』
カンゼン・刊
河岸貴・著
ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法論「BoS(ベーオーエス)理論」(Das Ballorientierte Spiel:ボールにオリエンテーションするプレー)が足りていない日本サッカーの現状に警鐘を鳴らす。ドイツ・ブンデスリーガの名門シュトゥットガルトで指導者、スカウトを歴任した著者が、日本のサッカーの現状を直視しながら、「BoS理論」におけるボール非保持時の部分、「Ballgewinnspiel:ボールを奪うプレー」の道筋をつけた一冊。

ドイツサッカー連盟の指針

スロバキア代表
【写真:Getty Images】

1 ポゼッション―自陣に相手を誘い込む―(「Locken」=ロッケン)

 クリティカルな金沢対琉球の例を挙げたので、「BoS理論」では自陣からのビルドアップは禁止なのか? と思われるかもしれませんが、決してそうではありません。「BoS理論」における自陣でのポゼッションの意味を述べていきます。

 自陣からボールを繋ぐプレーを多く目にするようになった背景のひとつとして、ゴールキックのルール改訂があります。2019年にヴュルテンベルクサッカー協会で受講したゴールキックのルール改訂の内容と見解を要約し紹介します。

「国際サッカー評議会(IFAB)は、2019/2020 シーズンに向けて、サッカーのルールに大幅な変更を加えることを決定しました。その目的は、ますますインテンシブになる前線からのプレスに対し、ボールを保持しているチームに、より多くのビルドアップの機会を与えることです」

 この改訂は現在も引き継がれていて、みなさんもよく知るゴールキックのルールなので、ルール変更の詳細は割愛します。

「つまり、プレーの苦手なチームにとっては悪夢のように聞こえるかもしれませんが、元のシナリオは変わりません。キックオフでロングボールを蹴りたい場合は、これまでどおりそうすることができます。

 しかし、クリーンなビルドアップをしたいチームにとっては、より簡単になりました。中央のCBは、ペナルティエリアの外側に立つ必要がなくなり、ペナルティエリア内に位置することも可能になりました。

 DFB(ドイツサッカー連盟)の『できるだけ深く、必要なだけ広く』という指針に従って、攻撃側の選手はより自由に動き回れるようになりました。CBが内側に移動することで、GKやフィールドプレーヤーのパスコースが短くなります。

 短いゴールキックは、相手チームの移動距離を長くするので、判断する時間がより増え、プレッシャーもより少なくなり、自チームのビルドアップに明らかに有利です。ボールを保持しているチームは、ゴールキックからの攻撃の選択肢が単純に増えるのです」

欧州5大リーグで最もゴールキックを蹴らずに、繋ぐ国はどこか?

 ゴールキックを前へ大きく蹴ってしまうことは状況によっては十分ありえるプレーですが、やはりドイツでもフィフティーフィフティーとして考えられます。BoS的なゴールキックを含めた自陣からのポゼッションの目的はゼロから丁寧に繋いで一歩一歩前進したい、という日本人が好みそうな確実に積み上げるプロセスを最大目標とするのではなく、もっと大胆にゴールを奪うことを意識します。

 ちなみに、この講習会で非常に印象に残っているのは、欧州5大リーグで最もゴールキックを蹴らずに、繋ぐ国はどこか? という話でした。2019年の話なので、現在はそのランキングが変わっている可能性はありますが、みなさんのイメージはどうでしょうか?

 1位はイタリアです。これには理由があって、ゴールキックになった時点で、ボール非保持チームは後退してブロックを組むことが多いからというものでした。2位がドイツでした。ドイツはイタリアと違って、ゴールキックを往々にして相手ペナルティエリアギリギリで待ち構えます。それでもゴールキックを蹴らない選択をします。

 私の経験上、このルール改訂以前からゴールキックから繋ぐプレーが育成でも主流でした。ただし、ルール改訂前のこの繋ぐというプレーは確実にボールを保持し前進するという意味合いが強いものでした。というよりはボール非保持チームに的が絞られやすい分、ボール保持チームの自由度が低く、その目的設定の限界だったとも言えます。

 さて、自陣におけるポゼッションの最大目標は当然「BoS」なのでゴールを奪うことです。そのために自陣でのボール保持でできるだけ多くの相手を彼らの陣から自陣に引き込みます(「Locken」=ロッケン)。それによって攻撃しやすいスペースが敵陣に生まれ、広大な攻撃空間をテンポをもってプレーすることができます。

 多くの場合は2タッチでコントロールされたグラウンダーでのビルドアップが自陣では特に重要となりますが、それだけではなくゲーゲンプレスのために非常に有効です。BoS的攻撃には攻撃としてゴールを奪うために効果的でありながら、それと同時にボールロストした際にはゲーゲンプレスが自然的に発動できやすい網が張られている基本的特徴があります。

 前章の4で述べたBoS的サポートもそのひとつです。相手を自陣に引き込むことで、相手は自動的に彼らの陣内に配置できる選手数を減らすことになります。仮にシュートを決められなかった場合やボールを失った場合でも、自分たちは非常に有利な人数差を生み出すことができ、相手陣内でゲーゲンプレスを成功させる絶好の条件を整えることができるのです。

 このときの重要事項としては、相手陣内になだれ込む味方を後ろから眺めているのではなく、空間的リスクマネジメント、最終ラインのリスクマネジメント(『サッカーBoS理論』、73頁から78頁参照)のために、しっかりと押し上げ(「Nachrücken」=ナッハリュッケン)、フォローアップもします。

 ただし、リスクとして考えておくべきは、もし相手がこの自分たちのゲーゲンプレスを脱出した場合、相手は自陣に多くのカウンター要員を擁することになることです。また、相手のハイプレスを打開したならば、ひと呼吸置き、落ち着いてボールを大切に保持するのではなく、せっかくクリエイトした広大な攻撃スペースを相手選手たちに埋められる前に、直線的に相手ゴールに素速くボールを運ぶことも意識します。

理想的な距離感とパスの長さ

 一例として2026年ワールドカップの欧州予選、スロバキア対ドイツを取り上げます。第1戦目として注目された試合です。結果はご存知のように2対0でスロバキアの勝利……。ドイツの現状を象徴する非常に残念な敗戦でしたが、一方でスロバキアのパフォーマンスは称賛されるものでした。ドイツがやりたかったであろう自陣からのビルドアップをスロバキアが見事に体現してくれました。

 53分過ぎからのスロバキア([1-4-3-3])のゴールキックからです。

 右CBリュボミール・シャトカがゴールエリア右角にセットしたゴールキックをゴール中央に立つGKマルティン・ドゥブラフカに平行のパスを出します。そのボールをゴールエリア線上でしっかりコントロールしたGKは高い位置から落ちてきたMFマトゥーシュ・ベロに縦パスを送ります。

 この時点ですでに7人のドイツ選手が確実にスロバキア陣内にいます。そのボールをダイレクトでゴールキックを開始した右CBに落とし、落とされたボールはさらにダイレクトでセンターラインから落ちてきたCFダーヴィド・ストレレツに楔のボールが入ります。ここでドイツ陣内にはGK1人の状況になりました。

 ここまでの過程でスロバキアの注目すべき点はGKからのパスしかり、落としたボールしかり、楔のパスしかり、すべて受け手が捌きやすく、かつ相手にもカットされない強すぎず弱すぎずのパスであることです。

 また、ダイレクトプレーの味方選手同士の距離感と楔のパスの長さは理想的で、ビルドアップの過程としては目新しいものではありませんが、出し手と受け手のタイミングのクオリティが高くコントロールされたビルドアップと言えます(図2-1)。

BoS理論11 図2-1
【写真:図2-1】

 さらに楔のパスに反応し、MF2人が素速くターンしフォローアップ、DFの「Nachrücken」も見逃せません(図2-2)。

BoS理論11 図2-2
【写真:図2-2】

横パスは縦への布石。機能美と言えるビルドアップ

 豆知識ですが、主にゴールキックからのプレーの開始をドイツ語で「Spieleröffnung」(シュピールエアオッフヌング)と言います。主要な戦術用語でビルドアップの一部ですが、どうプレー(「Spiel」)を幕開け(「Eröffnung」)させるか、指導者講習会でもひとつのテーマとなります。

 CFがしっかりとキープをして、それをMFオンドレイ・ドゥダが潜り込みサポートしボールを受け、1タッチ、2タッチしながら前方を確認して、3タッチ目でズバッと攻撃を加速させる縦パスを、右WGダーヴィド・ジュリシュに入れます。右WGはCFが落ちてできた広大な相手陣中央のスペースを見逃さずタイミング良く利用しました(図2-3)。

BoS理論11 図2-3
【写真:図2-3】

 右CBからの楔のボール(「Steil」=シュタイル)、CFのボールの落とし(「Klatschen」=クラッチェン)からMFのサポートからの縦パスについては次項の「Steil-Klatschen-Spiel(シュタイル-クラッチェン-シュピール)」で詳しく述べます。これはBoS的攻撃の肝となる戦術です。

 相手陣内のほぼ中央でボールを受けた右WGは2タッチで右サイドを駆け上がってきたMFベロに展開します。ベロは右CBにボールを預けた後、立ち止まることなく、右WGが中央へ切れ込んだ際にできたスペースを長い距離を走り利用し、展開されたボールをドイツ陣のペナルティエリアの左角より若干内側で受け、ダイレクトで中央に折り返します。

 走り込んできたのは自陣でポストプレーをしたCFストレレツでした。ストレレツのダイレクトシュートは残念ながらGK正面に飛んでしまいましたが、MFドゥダから始まった相手陣内の広大なスペースを利用する攻撃スピードにドイツDF陣はパッシブにならざるを得ず、ノーチャンスと言えるものでした(図2-4)。

BoS理論11 図2-4
【写真:図2-4】

 ちなみにドゥダが楔のボールを受けてからストレレツのシュートまでは約7秒です。ゴールキックからフィニッシュまで無駄が一切なく、味方選手が動いたスペースをそれぞれがタイミング良くダイナミックに利用した機能美と言えるビルドアップでした。

 自陣でのポゼッションでは横パス、バックパスに終始するのではなく、それはあくまで縦への布石であり、出来るだけ直線的に速く相手ゴールに向かうことを念頭に置いておくのが大事です。

(文:河岸貴)

【関連書籍】
『サッカー「BoS理論」 ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法』
カンゼン・刊
河岸貴・著
ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法論「BoS(ベーオーエス)理論」(Das Ballorientierte Spiel:ボールにオリエンテーションするプレー)が足りていない日本サッカーの現状に警鐘を鳴らす。ドイツ・ブンデスリーガの名門シュトゥットガルトで指導者、スカウトを歴任した著者が、日本のサッカーの現状を直視しながら、「BoS理論」におけるボール非保持時の部分、「Ballgewinnspiel:ボールを奪うプレー」の道筋をつけた一冊。

【連載はこちらから読めます】
【第1回】ドイツ側の本音、日本人は「Jリーグの映像だけで評価できない」。Jリーグに復帰した選手の違和感の正体
【第2回】「いまは慌てたほうが良い」BoS的攻撃の優先順位を提示する。ドイツの指導者養成資料をもとに攻撃を分解
【第3回】そこに優先順位はあるか? Jリーグの安易なバックパスに疑問。サッカーの「基本的攻撃態度」を突き詰める
【第4回】ボールを奪った瞬間、どう動くべきか。ドイツ2部クラブがレヴァークーゼン相手に見せた効果的な形
【第5回】ボール奪取後のキーワードは「エアスター・ブリック・イン・ディ・ティーフ」。ゴールへ向かう3つの選択肢
【第6回】ドイツサッカー「BoS」の理想と必要悪。ボール奪取直後にリスクを負うべきシチュエーションを解説する
【第7回】どう動くべきだったのか? 町野修斗の受け方は「百害あって一利なし」。お手本は伊藤達哉のプレー
【第8回】酒井高徳が他の日本人と違う「思考態度」。思考態度のエラーこそ、日本サッカーのあらゆる問題の根本的原因
【第9回】判断の不的確さが日本サッカーを極端に面白くなくしている。縦に速く対ポゼッション。BoS的な意味のあるサポートを考える
このプレーに一体何の意味があるのか? 自滅するタイプの監督がJリーグには多いような気がする【BoS理論10】


【了】

KANZENからのお知らせ

scroll top
error: Content is protected !!