明治安田J1リーグ第35節、FC東京対ファジアーノ岡山が25日に味の素スタジアムで行われた3-1でFC東京が勝利した。この試合で、岡山DF鈴木喜丈は5年越しの古巣対戦を果たす。困難に立ち向かい続けた鈴木の心情と、古巣対戦で見せた成長した姿を描く。(取材・文:難波拓未)
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「さすがにメンタルがきつくて」「涙が止まらなくなっちゃって」
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リーグ戦は1試合1試合の積み重ね。全ての試合を平等に捉え、目の前の試合に全力を注ぐ。一戦必勝、それが鈴木喜丈の流儀である。今節の前にも「特別意識はしないようにする」と言っていた。
しかし、少し違ったように見えた。チームの勝利のために力を出し切る姿は、いつもとは変わらなかったが、勝利を手繰り寄せるゴールは自分が生み出すという気迫を感じずにはいられなかったのである。今節は5年越しの古巣との再会だった。
鈴木は、青赤生まれの選手だ。小学1年生の時にFC東京のスクールに通い始めると、中学・高校を下部組織で過ごし、高校卒業後にトップチームに昇格してプロサッカー選手の人生をスタートさせている。
日本クラブユースサッカー選手権やJユースカップの制覇に貢献し、高校3年時からU-23チームでJ3リーグに出場するなど大型ボランチとして期待されていたが、怪我に悩まされた。2018年5月に左膝関節離断性骨軟骨炎を診断されて手術を行い、復帰に向けてリハビリに励んでいたが、約1年後に再手術を余儀なくされる。
「1回目の手術の時は丸々1年プレーできないことがわかっていたし、気持ちを切り替えてじゃないですけど、高卒2年目の最初の頃だったのでフィジカル強化も目的にして。集中してリハビリと筋トレをやれるという思いでしたけど、再手術が決まってもう1年同じ時間を過ごすってなった時は、さすがにメンタルがきつくて。落ち込むというか、(FC東京の)練習場に行っても涙が止まらなくなっちゃって、トレーナーの方に『1週間休みな』と言われるくらいで。2回目の手術が決まった瞬間は苦しかったです」
家族の支えもあって怪我を癒すことはできたが、青赤のユニフォームを着てJ1の舞台に立つことはなく、2020年9月に水戸ホーリーホックに育成型期限付き移籍で加入し(2022シーズンより完全移籍に移行)活躍の場を求めた。
「ギラついた気持ちで」困難に直面しても、鈴木喜丈は前を向く
1人のサッカー選手として勝負する。そう意気込んで赴いた水戸でも順風満帆なスタートではなかった。新型コロナウイルスによる中断の影響で連戦が多いシーズンだったが、最初の数ヶ月はメンバーに入ることができず。「心が折れそうというか、『ここで試合に出られなかったらどうするんだ』っていうような思いは持っていました」と振り返る。
連戦が続くと、試合に向けたコンディション調整の重要度が増し、強度の高い練習をする時間は限られる。他チームとの練習試合も行いにくい。2年半ほど試合から離れていたことで失っていたゲーム勘やゲーム体力を戻すことが難しい状況だった。
それでも、「練習後に90分くらい走ることをしていて。科学的な根拠よりも、『ここまでやるんだ』というようなギラついた気持ちでやっていました」と、できることを考えて取り組んだ。
困難に直面しても焦ることなく、前に進むための行動を自らで考え見つけて実行する。その積み重ねの結果、水戸ではセンターバックとして守備の要を担うまでに成長を遂げ、2023年に岡山に加入した。
相手コートで攻守を展開するアグレシッブなサッカーを志向する木山隆之監督のもと、3バックの左でプレー。サイドで相手選手にさらされる形での1対1の対応や運動量といった課題克服に着手しながら、縦パスと持ち運びという攻撃面での特徴を存分に発揮し、託されたポジションを自分色に染め上げていった。そして、昨年にJ1昇格を果たし、ついにJ1の舞台にたどり着いたのだ。
「帰ってきた時に成長した姿、プレーをみなさんの前で見せることができるように頑張ってきます」というコメントと共に青赤と別れを告げてから5年後、鈴木はアウェイチームの選手として味の素スタジアムに帰還した。
“流れ”を引き寄せた鈴木喜丈のプレー
試合は立ち上がりからホームのFC東京に押し込まれる展開で推移する中、[5-4-1]と[4-4-2]のブロックをうまく使い分けて無失点で試合を折り返したが、後半開始早々に一瞬の隙を突かれて先制点を許した。前半は主体的な守備でボールを奪えても1本目のパスが繋がらずに攻め手を欠いたものの、失点後はリードを得たFC東京が少し引いた影響もあり、ボールを保持して反発していく。
「ボールだけでなくプレッシャーも受けろ」とMF江坂任からも要求され、積極的にボールを引き取る。対面のサイドハーフを食いつかせてから中央に鋭いグラウンダーの縦パスを差し込む。自分へのプレスが緩いと感じれば、するすると前に持ち運ぶ。足の甲を寝かせてから丁寧に蹴るインステップキックで前線のFWルカオにボールを届ける。ウイングバックやシャドーとのパス&ムーブの繰り返しで相手守備を揺さぶり、左サイドのニアゾーン(ペナルティーエリア左のスペースで、ポケットとも呼ばれる)に走り込んでいく。出し手にも受け手にもなる。
3人目のボランチのようでありながら静的ではなく動的なプレーで左サイドの攻撃に厚みをもたらし、江坂の同点ゴールが生まれるまでの“流れ”を引き寄せた。
左サイドで自分が攻撃の出発点になってから味方を追い越してボックス内に入っていく動きは、ファジレッドのエンブレムが胸に馴染んでからずっと見せてきたものである。だが、ボールが鈴木の逆サイド、つまり右サイドにある時にゴール前に顔を出すランニングは、セットプレーの流れ以外で見た記憶はない。
オープンプレーから右ウイングバックのDF本山遥がクロスを上げる時、FW一美和成やFW岩渕弘人ら攻撃陣と一緒にボックス内で合わせようとする立ち位置は異質だった。それも試合終了間際の一度きりのものではなく、前半の中盤から繰り出していたのだ。
さらに37分には江坂にボールを預けてボックス内に飛び込み、パスを受けた一美からの落としを要求。一美の選択した反転からのシュートが相手DFに阻まれると、「出してくれよ」と言わんばかりに全身で悔しさを露わにしていた。その姿を見て、「今日はゴールを取る気、満々だ」と思わない方が難しい。対戦相手との関係性を知っていれば、なおさらである。
「そんなに意識はしてないですけど、持ち上がった時やパスを前に入れた時に良い形で上がれていたので、そのままの勢いでゴール前まで入っていくことはできていたかなと思います」と本人は冷静だったが、木山監督は「怪我から復帰して、ここ最近は勇気を持って前に出ていくプレーが少し影を潜めていた。我々は3バックのサイドの選手には攻撃を求めているので、今日はよくやったと思う」と称賛していた。
岡山の3バックの中で最長の10.65kmを走り、チームトップのパス成功率70%を記録。J2で積み重ねてきた力を攻撃面では発揮できたが、守備面では満足のいく出来ではなかった。特に悔やまれるのは、2失点目だ。
「まだまだ実力不足」「一皮剝けられる」
正面のMF安斎颯馬をケアしつつ、背中から斜めに抜け出してきたFW佐藤恵允を食い止められなかったこと。瞬間的に数的不利になり左WBの柳貴博も含めてマークが難しい場面だったが、自身の担当エリアに出された浮き球パスをなんとか処理したかった。
「自分のところで相手に付いていってやらせないところもそう。勝負の綾(あや)みたいなところでのプレーは、もう少し成長しないといけないなって思います」
念願のJ1の舞台にたどり着き、古巣対戦のピッチに立った。良さは出した。成長も示した。しかし、チームを勝利に導くには“あと少し”が足りなかった。
「シーズンを戦っていく中で、生き残っていくために、上位に食らいつくためには、チームとしても個人としてもまだまだ実力不足を感じている。J1は対人でもポジショニングでも隙を与えることを許してくれない。攻撃ではゴールに関わる仕事が今年はまだできていない。そういうところを向上させられれば、J1で存在感を放ち、一皮剝けられると思う」
泣いても笑っても残り3試合。次節は累積で出場停止だが、そんなことは関係ない。目の前の1試合、リーグ戦38試合のうちの1試合である。
「チームとして全員で練習の強度を出すことや質を上げることをやらなきゃいけないと思うので、試合に出ないからどうとかはなくて出る選手と同じ気持ちで練習から取り組んでいきたい」
今シーズンの終了を告げるホイッスルが鳴るまで、岡山の地で木山監督と一緒に磨き上げた「毎試合が決勝戦」という姿勢で戦い抜く。
(取材・文:難波拓未)
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