フットボールチャンネル

Jリーグ 2か月前

「野球選手みたい」サンフレッチェ広島、中野就斗が語るロングスロー。「僕が投げられるときは…」【コラム】

シリーズ:コラム text by 藤江直人 photo by Noriko NAGANO

 YBCルヴァンカップ(ルヴァン杯)2025決勝が11月1日に行われ、サンフレッチェ広島は3-1で柏レイソルを下した。殊勲の3得点勝利の立役者となったのは、ロングスローをゴール前に何度も供給した中野就斗。広島の攻守を支えるキーマンは、J1リーグを含めた3冠達成へ意欲を見せる。(取材・文:藤江直人)

伏線は中野就斗の3投目

中野 就斗 サンフレッチェ広島
【写真:Noriko NAGANO】

 酷使し続けた体のケアにたっぷりと時間をかけてから、サンフレッチェ広島の中野就斗は試合後の取材エリアに姿を現した。もっとも、必要とされたのはマッサージやストレッチだけではなかった。

「今日も両肩をしっかりと、野球選手並みにアイシングしてもらいました」

 無理もない。前半キックオフ直後の4分を皮切りに、右タッチライン際からロングスローを9度も投じた。

 アタッキングサードから柏レイソルのゴール前へ6度もボールを供給しただけではない。自陣に入ったあたりから縦方向へ、味方のジャーメイン良をターゲットにすえたロングスローも3度を数えた。

 国立競技場で1日に行われた2025JリーグYBCルヴァンカップ(ルヴァン杯)・プライムラウンド決勝。両肩にかかった負担を打ち消すように、中野が3シーズンぶり2度目の優勝を果たした喜びを語った。

「本当にうれしい、のひと言ですね。僕は小さいころに野球選手を目指していたので、肩には自信があるんですよ。でも、ロングスローはほぼ気持ちなので。届け、という思いがゴールにつながりました」

 25分に荒木隼人が決めた先制点をアシストしただけではない。前半アディショナルタイムにジャーメインが決めたダメ押しの3点目もロングスローでお膳立てした。伏線は14分の3投目にあった。

「『次もそのまま投げてこい』と」

 右サイドからニアを狙った中野の一投。柏の守護神・小島亨介を東俊希、そしてキャプテンの佐々木翔が巧みにブロックするなかで、やや離れた位置にいた荒木が勢いをつけて飛び込んできた。

 ボールはジャンプした身長186cm・体重78kgの荒木の頭をわずかにかすめただけで、シュートを放つまでにはいたらなかった。しかし、こぼれ球が宙を舞うなかで小島と、味方の戸嶋祥郎が交錯。直後に戸嶋がかろうじてクリアして難を逃れた。直後に中野へ荒木が耳打ちした。中野が笑顔を浮かべながら明かす。

「隼人くん(荒木)が『競り勝てる』と自信をもったようで『次もそのまま投げてこい』と」

 それから11分後。数えて5本目のロングスローで2人が描いた青写真が鮮やかに具現化した。

 低い弾道で飛んでくるボールに対して、佐々木と東が挟み込むような形で再び小島をブロックする。右手を必死に伸ばしただけで、小島は満足にジャンプできない。集団の後方にいた荒木が余裕をもって制空権を握る。完璧な体勢から頭でヒットした一撃が、無人のゴールへゆっくりと吸い込まれていった。

「同じように投げたところへ隼人くんがいい感じで入ってきてくれたので、そこは狙い通りだったと思います。キーパーの小島選手にも翔くん(佐々木)がしっかりとブロックにいってくれた状況で、小島選手の近くに投げれば事故もあるかな、というところで隼人くんがうまく合わせてくれました」

「でも、優勝できたのでいいです」

 38分に東がゴール右隅へ鮮やかな直接フリーキックを決めて、リードを2点に広げて迎えた前半アディショナルタイム。6投目を数えたロングスローで、今度は佐々木との意思を開通させた。

 ニアポスト付近を狙った一投に、同じ手は食わない、とばかりに小島が猛然と飛び出してくる。ここで佐々木がブロック役から中継役へ一変。ジャンプから体を反転させた佐々木が、小島よりも先に触ったボールはファーに生じていたスペースへ。ジャーメインの左足ボレーをブロックする柏の選手は誰もいなかった。

「小島選手もかなり警戒しているなかで、翔くんが小島選手をブロックしながらニアで触れるかな、と。本当にすごい折り返しから得点につながったので、あれも自分のなかでは狙い通りでした」

 自らのロングスローに胸を張りながら及第点を与えた中野へ「MVPもある、と思っていたのでは」と質問が飛んだ。中野は「僕だと思っていました」と笑いながら、すぐにジョークだと否定している。

「うそですよ。隼人くんだと思っていました。でも、優勝できたのでいいです」

 今シーズンの開幕を控えて、広島の指揮を執って4年目になるミヒャエル・スキッベ監督が戦術のなかにロングスローを導入すると明言。群馬・桐生第一高校から桐蔭横浜大学を通じて「ロングスローは得意としていました」と自信をもっていたプロ3年目の中野が、スロワーのファーストチョイスに指名された。

「ここ数週間でようやく…」

「僕が投げられるときは相手チームにとってもけっこう脅威になりますし、本当にチームとしても自信をもっているところなので。いいボールさえ入れば中には強い選手がたくさんいるし、得点できると」

 大役拝命を意気に感じた中野は、同時に「肩を痛める恐れもあるので、決して無理をせずにいこう」と体のケアにも入念に時間を割いた。しかし、状況は左肩が悲鳴をあげた4月に暗転してしまった。

「そこからはなかなか飛距離が出なくなったというか、力強いボールを投げられなかったんですけど、そのなかで(左肩を)ケアして、ここ数週間でようやく投げられるようになってきた、という感じですね」

 もちろんサッカーにおいて、左肩痛を理由に欠場するわけにもいかない。183cm・83kgのサイズを駆使した対人守備の強さに豊富な運動量、正確なクロスで広島の右サイドに君臨し、状況に応じて3バックの中央でもプレーできる中野はほぼすべての公式戦でピッチに立ちながら治療を並行させてきたと振り返る。

「(筋肉が)固まっている部分があったので、そこをしっかりとほぐしながら、あとは強度を出すためにしっかりとトレーニングをする。そういった感じでケアに励んできました」

 昨シーズンはFC町田ゼルビアが多用したロングスローを、今シーズンは数多くのチームが取り入れている。ヨーロッパでも珍しくなくなったロングスローを、中野自身はどのように受け止めているのか。

「もっと、もっと投げたいくらいですね」

「精度があるので、相手チームとしても守りづらさというのがあると思う。その意味で広島の場合は強い選手ばかりが中にいるので、本当に脅威を与えるセットプレーだと思っています」

 スキッベ監督も「相手チームにストレスを与えられる」とロングスローを取り入れた理由を明かせば、決勝戦のMVPを獲得した荒木も「ロングスローの練習は特にしていなかった」と明かす。

「中野が投げるボールの質次第、というなかで今日は肩の調子がすこぶるよかったみたいですね」

 柏との今シーズンのリーグ戦での対戦成績は2戦2分け。力が拮抗したチーム同士の対戦になるほど、セットプレーが勝敗のカギを握る。

 直近のリーグ戦で2戦続けて無得点に終わり、総得点39が11位タイと苦しんでいるなかでの3ゴール。中野も「もっと、もっと投げたいくらいですね」と声を弾ませる。

「自分のやるべきことはチームを助けることなので、守備や攻撃以外でも今日のようにロングスローでも得点を取れればチームとしても助かる。そういうところでしっかりとチームに貢献していきたい」

「天皇杯でもまたこのピッチに戻ってこられるように」

 2022シーズンのルヴァンカップ制覇は桐蔭横浜大学の4年生として、翌年から加入が決まっていた広島をテレビ越しに応援する立場で記憶に焼きつけた。プロになって3シーズン目で初めて手にしたタイトルに「自分を成長させてもらった恩返しができました」と笑いながら、こんな言葉を残すのも忘れなかった。

「あの悔しさというものは、この先もずっと返せるものではないと思っているので。その意味でもリーグ戦でも上へ、上へといって、天皇杯でもまたこのピッチに戻ってこられるように、広島らしいサッカーをもう一度やっていけば。これから先も後悔しないために、自分自身、全力でやっていければと思っています」

 思い起こす悔しさとは終盤戦の失速が響き、ヴィッセル神戸に勝ち点4ポイント差の2位に泣いた昨シーズンのリーグ戦。残り3試合で首位の鹿島アントラーズと勝ち点8ポイント差の5位につけるリーグ戦へ。そして因縁の神戸と16日の準決勝で対峙する天皇杯JFA第105回全日本サッカー選手権大会へ。

「何だかめちゃくちゃ野球選手みたいな感じですね」

 ロングスローに質問が集中したルヴァン杯決勝後の取材を、苦笑しながら振り返った隠れたヒーローはAFCチャンピオンズリーグ・エリート(ACLE)も含めて、両足に加えて両腕も振り続ける。

(取材・文:藤江直人)

【関連記事】
禁断の後出し!? J1リーグ順位予想1〜5位【2025シーズン】
あまりにガラガラ…。Jリーグ収容率ワーストランキング1〜5位【2025シーズン】
200人以上に聞いた! Jリーグ、チャントが最高なクラブランキング1〜5位

【了】

KANZENからのお知らせ

scroll top
error: Content is protected !!