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J1 1か月前

2007年と2025年のチームは似ている。新たな黄金期を予感させる共通点の数々とは【鹿島アントラーズ33年間の記憶/連載コラム第3回】

シリーズ:鹿島アントラーズ 33年間の記憶 text by 元川悦子 photo by Getty Images
鹿島アントラーズ
2007シーズンにリーグ優勝を果たした鹿島アントラーズ【写真:Getty Images】



 9年ぶり9度目のJ1リーグ制覇を成し遂げた鹿島アントラーズ。近年はタイトルと無縁のシーズンを過ごすことが多かった常勝軍団は、どのようにして強さを取り戻したのか。Jリーグ開幕当時から続く歩みを振り返りながら、かつての黄金期と現在のチームにある共通点、今に繋がる変化などを、長年鹿島を取材し続ける元川悦子氏の言葉から探っていく。今回は第3回(全6回)。(取材・文:元川悦子)[1/2ページ]

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2007年と重なる今シーズンのチーム構成

2007年の鹿島アントラーズ
2007シーズンの鹿島アントラーズのメンバー【写真:Getty Images】

 2016年のJ1制覇から8年間の空白期間を経て、クラブのレジェンド・鬼木達監督体制1年目の2025年にようやくリーグタイトル奪還を果たした鹿島アントラーズ。

 これで国内20冠目、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)を含めると21冠目ということになるが、長い無冠を乗り越えたという意味では、2007年に重なる部分が少なくない。

 2007年の鹿島はオズワルド・オリヴェイラ監督体制1年目。90年代~2000年代前半の栄光の時代を知る柳沢敦、本山雅志、曽ヶ端準、ジュビロ磐田時代に優勝経験のあるベテラン・大岩剛らはいたものの、大半が優勝経験のないメンバーが中心だった。



 アカデミー出身の野沢拓也、高卒生え抜きの青木剛や増田誓志、大卒生え抜きの岩政大樹、田代有三、中後雅喜、若手の興梠慎三や内田篤人らは「タイトル未経験」と言われ、「彼らが優勝しないと鹿島は変わらない」という厳しい視線にさらされていた。

 こうしたチーム構成は今季に似ている。2025年の鹿島は、当時のオリヴェイラ監督と同じ、鬼木監督就任1年目。新たな土台を築きながら、勝てる集団を作らなければいけなかった。

 ベテランと言えるのは、柴崎岳、植田直通、鈴木優磨、三竿健斗くらい。エースFWレオ・セアラは2007年MVPマルキーニョスに近い存在感を示したが、それ以外の中堅・若手は優勝の味を知らない面々ばかりだった。

タイトルを知らない若手の思い「「自分たちが変わらなければ…」

オズワルド・オリヴェイラ監督
2007シーズンから鹿島アントラーズを率いたオズワルド・オリヴェイラ監督【写真:Getty Images】

 特に2020年加入の荒木遼太郎、松村優太、2024年加入の大卒選手・濃野公人ら20代半ばの中堅組は「生え抜きとして自分たちがチームにタイトルを取らせるようにならなければいけない」という強い自覚を持っていたに違いない。

 松村などは口癖のようにそう言い続けていた。

「これ以上、タイトルを取れなければ、応援してくれる人たちを裏切ることになる。それだけは絶対に許されない」という危機感を彼は吐露したことがあったが、「自分たちが変わらなければ鹿島も変わらない」という重責を背負いながら、勝負のシーズンを戦っていたのだ。

 とはいえ、2007年も今季も最初から順風満々だったわけではない。

 まず18年前のチームを見ると、開幕5戦未勝利で、18チーム中14位に沈んだ。常勝軍団が最下位近い位置に低迷するなどあってはならないこと。



 オリヴェイラ監督は「ここから上がっていく」と自信を見せたが、本当にそうなる保証はなかった。

 それでも、名将は徐々にチーム状態を引き上げ、前半戦終了時点で3位。タイトルを射程圏内に捉えた。

 しかし、当時はガンバ大阪、浦和レッズの黄金期。とりわけ浦和は田中マルクス闘莉王、鈴木啓太、長谷部誠、阿部勇樹らを擁するスター軍団で、同年のACL制覇も成し遂げていた。

 その浦和がリーグ戦でも一気に走ったが、鹿島は小笠原満男の古巣復帰によって一気に浮上。9月以降9連勝を達成し、逆転でタイトルをもぎとったのだ。

 逆転優勝へ大きく弾みをつけたのが、ラスト2節の浦和戦だった。

もはや伝説。浦和レッズとの頂上決戦

2007年の鹿島アントラーズ
浦和レッズとの大一番を制した鹿島アントラーズ【写真:Getty Images】

 埼玉スタジアムに6万2,000人を超える大観衆が押し寄せる中、鹿島は前半終了間際に左サイドバック(SB)新井場徹が退場。本山がここに入って穴を埋め、66分に自身のクサビのパスから決勝弾をお膳立てする。

 これをマルキーニョスが落とし、田代を経由して最終的には野沢がゴール。「鹿島アカデミー始まって以来の天才」と呼ばれた男が歴史に残る大仕事を果たした。

 1点をリードした鹿島は、最終盤にも退場者が出て、9人で戦うことになったが、何とか逃げ切り、勝ち点1差で浦和に肉薄。最終節の清水エスパルス戦で勝利し、浦和が横浜FCに敗れるという波乱が起き、劇的な形で頂点に立ったのだ。

 この優勝をきっかけに鹿島はリーグ3連覇を達成。岩政や田代、内田、興梠といった面々が代表入りし、大きな飛躍を遂げていった。



 小笠原も一時離れていた代表に戻り、あと一歩で2010年FIFAワールドカップ(W杯)南アフリカ大会に手が届きそうなところまで行った。

 優勝というのは選手たちに大きな自信を与え、高い領域へと押し上げる。それを実証したのが、2007年だったのだ。

 それを踏まえて今季を見てみると、開幕・湘南ベルマーレ戦でいきなり黒星発進を強いられた。

 スタートダッシュに失敗したのは2007年と同じだ。

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