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J1 3週間前

鬼木達監督が名将たる所以。「理想と現実の難しさ」を痛感した開幕戦から、どうやって強さを手にしたのか【鹿島アントラーズ 33年間の記憶/連載コラム第5回】

シリーズ:鹿島アントラーズ 33年間の記憶 text by 元川悦子 photo by Getty Images
鹿島アントラーズ、鬼木達監督
鹿島アントラーズの鬼木達監督【写真:Getty Images】



 9年ぶり9度目のJ1リーグ制覇を成し遂げた鹿島アントラーズ。近年はタイトルと無縁のシーズンを過ごすことが多かった常勝軍団は、どのようにして強さを取り戻したのか。Jリーグ開幕当時から続く歩みを振り返りながら、かつての黄金期と現在のチームにある共通点、今に繋がる変化などを、長年鹿島を取材し続ける元川悦子氏の言葉から探っていく。今回は第5回(全6回)。(取材・文:元川悦子)[1/2ページ]

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順風満帆ではなかった9年ぶり戴冠

鹿島アントラーズ、鈴木優磨
京都サンガF.C.戦で同点ゴールを決めた鹿島アントラーズの鈴木優磨【写真:Getty Images】

 国内7冠の名将・鬼木達監督を招聘し、2025シーズンに挑んだ鹿島アントラーズ。最終的には23勝7分8敗の勝ち点76を獲得し、2位・柏レイソルに1ポイント差で競り勝ち、クラブ21冠目のタイトルを手中にした。

 しかしながら、同年の鹿島は圧倒的な強さを見せ続けたわけではなかった。

 開幕節の湘南ベルマーレ戦で0-1の黒星発進を強いられ、そこから6戦無敗と瞬く間に復調したかと思われたが、4月に3連敗、5~7月にかけての6戦4敗と停滞。10月に入ると、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸、京都サンガF.C.に3戦連続ドローという苦境も味わった。



 とりわけ、10月25日の京都戦は終了直前までリードを許しながら、鈴木優磨が劇的同点弾をゲット。大きな山を越えた。

「シーズンを通してみると、優磨のゴールは1つ大きかったんじゃないかと思います。負けなかったことで、何とか踏みとどまることができた」

 中田浩二フットボールダイレクター(FD)もしみじみと語っていたが、その修羅場を含めて、鹿島は数々のターニングポイントをクリア。9年ぶりのJ1優勝を現実にしたのである。

開幕戦で浮き彫りになった「理想と現実の難しさ」

鹿島アントラーズ 舩橋佑
鹿島アントラーズの舩橋佑【写真:Getty Images】

 特に鬼木監督が苦しんだのは、ボールを保持しながら主導権を握るスタイルへの転換だった。

 指揮官が成功を収めた川崎フロンターレ時代は、中村憲剛、大島僚太、脇坂泰斗のようなテクニカルなボランチが中盤を形成していた。

 現在欧州で活躍する三笘薫、田中碧、谷口彰悟、旗手怜央といった頭抜けたタレントも活躍。彼らの連動性と組織力によって敵を凌駕する高度なスタイルが実践できていた。

 しかし、鹿島にはテクニカルな中盤はあまりいない。



 チームをけん引すると見られたキャプテン・柴崎岳はケガの影響なのか強度が上がらず、序盤戦で異彩を放った樋口雄太も4月のケガ以降はボランチで使われる機会が減った。

 三竿健斗、知念慶はもともと球際の強さやボール奪取力に秀でた選手でボールを動かすのはあまり得意ではない。

 そこでユース出身の舩橋佑が一時は主軸に据えられたが、やはり若い選手は好不調の波がある。シーズン通して活躍できる絶対的司令塔が不在という状況に直面したのだ。

 こうした背景もあり、彼らは開幕の湘南戦でいきなり「理想と現実の難しさ」を突きつけられた。

理想は捨てた。鬼木達監督が求めたもの

小池龍太 鹿島アントラーズ
重要な役割を果たした鹿島アントラーズの小池龍太【写真:Getty Images】

 攻撃が停滞し、ノッキングを起こしたのは明らかだった。

 そこで鬼木監督はいったん理想を横に置き、勝利最優先という方向性に修正。結果を追い求めつつ、成長を促そうとした。

 そうした中、ボランチ陣も選手の状態や組み合わせを見極めながら日替わりで起用。ゲームを組み立てていったのだ。

 最終ラインからアタッカーまで幅広いタスクをこなせる小池龍太を右MFに置いて中盤のリンクマン的な役割を託し、連動性を引き上げた指揮官の采配も大きかった。

 鈴木優磨を左MFに配置したゲームも少なくなかったが、鬼木監督は選手を固定概念で判断しない。



「こういう役割もできるかもしれない」と思えば、躊躇なく抜擢する。

 それは、もしかすると、2024年のランコ・ポポヴィッチ監督体制でボランチとして才能を開花させた知念の姿を見て、刺激を受けた部分があったのかもしれない。

「選手の能力をもっともっと引き上げたい。そのためには何でもやる」という貪欲なスタンスが、鹿島の選手層拡大につながったのは紛れもない事実だ。

 鬼木監督の創意工夫が苦境を乗り越える原動力になったと言っていいだろう。

 ただ、10月の神戸、京都戦に象徴される通り、相手に主導権を握られたゲームも少なくなかった。

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