川崎フロンターレは今オフ、J1での実績もある4人を含む9人の新加入選手を迎えた。中でも日に日に注目を集めているのが早稲田大学から加入した山市秀翔。1年目からいきなり副キャプテンを任されることとなった山市は、どのような思いを抱いてプロの門をたたいたのだろうか。(取材・文:加藤健一)[1/2ページ]
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支えられてたどり着いたJリーグの舞台
1月10日に行われた、川崎フロンターレの新入団選手発表会見――。
真新しいユニフォームに身を包んだ山市秀翔は、落ち着いた表情で言葉を選んだ。
「本当にプロになることを目標に頑張ってたんで、なれて良かったなっていうところと、いろんな人の支えがあってここまで来れたと思うので、感謝の気持ちがあります」
その語り口は穏やかだったが、そこには長い時間をかけて積み上げてきた確かな重みがあった。
桐光学園卒業後にプロ入りすることはできなかったが、早稲田大学で責任を背負い、主将としてチームを率いた。
関東大学サッカーリーグでは、山市が1年生のときに早稲田大学は2部に降格。そこから2シーズンは昇格できず、主将を務めた4年生のときに昇格を決めた。
成功も挫折もあった4年間。華やかなルートではないが、地道に力をつけてきた先に、川崎フロンターレという舞台があった。
新体制発表から数日後、チームは沖縄・恩納村でのキャンプに入った。プロとしての本当のスタートは、ここからだった。
「生きるか死ぬかでやっている」培ってきた戦う姿勢
「雰囲気めちゃくちゃいいです。ベテラン、若手がミックスしていて、すごくいいチームだなと思いました」
恵まれた環境の中でトレーニングを重ねることで、プロとしての自覚も芽生える。トレーニングの強度、プレースピード、判断の速さ──どれも大学時代とは別次元だった。
ポゼッションのメニューでは、三浦颯太や山本悠樹、谷口栄斗ら主力が揃う組に割って入っていった。
山市は萎縮せずに、吸収しようと必死だ。同じポジションの山本悠樹にはマンマークで、ピッチ内外で技術を盗もうとしている。
「技術的なことだったり、ポジショニングだったり、先輩たちがすごく教えてくれる。学ばせてもらえることが多いので、ありがたいです」
ボランチの層は厚い。山本と河原創に加え、怪我からの復帰を目指す大島僚太もいる。それでも、山市はそこに割って入っていく気概を隠さない。
「プロではそれが仕事になる。生きるか死ぬかでやってるんで。そうしないとやっぱチームも強くなっていかない。まだまだですけど、頑張りたいです。」
川崎での日々を重ねる中で、自身の特徴も明確になってきた。明確になったというよりは、再確認できたという表現の方が正しいかもしれない。
「球際のところだったり、切り替えるとスピード、ハードワークするところ。あとは、盛り上げる声だったり、ボールを運んでいくところ」
桐光学園、そして早稲田大学で培ってきたのは、まず“戦う姿勢”だった。
大学4年間を振り返り、「人として、メンタルの部分が一番成長した」と語る背景には、主将としてチームをまとめ続けた経験がある。
兵藤慎剛監督から教え込まれたのは、技術以前の姿勢だった。
「感謝すること、礼儀、人として大事なところ。長くサッカーを続けるためには、そういう部分が大事だと教わりました」
トップレベルの舞台で生き残っていくために何をすべきか。山市はこう話している。
田中碧がつけた番号を背負って掲げるピッチ外の目標
「まずは戦うところをベースにやって、川崎で技術を磨いていければ、成長できると思います」
背番号は25を託された。
「田中碧さんがつけていた番号だと聞いて、すごくいい番号だなと。それに見合う選手になりたいです」
川崎の歴史と責任を背負う番号。その重みを、理解した上で受け止めている。
囲み取材では、ピッチ外での目標も口にした。
「川崎市に住んでいる人を笑顔にする。それが目標です」
山市のキャラクターはすでにサポーターにも伝わっているだろう。チームの盛り上げ役として声を張り上げ、先輩にも積極的に絡んでいく。
沖縄県恩納村で行われたキャンプ中に、大島僚太が33歳の誕生日を迎えた。
「一発芸をやりました。僚太さんに誕生日プレゼントです」
大島本人が覚えていないと言っていたと伝えると、「それはヤバイ」と笑った。
取材でも明るく答えてくれる山市だが、サッカーにかける思いは人一倍強い。



