
サッカー日本代表の吉田麻也【写真:編集部】
サッカー日本代表で一時代を築いた男が、再び青いユニフォームに袖を通す。アイスランド代表戦で、約3年半ぶりの代表出場を予定する吉田麻也。3度のワールドカップ(W杯)を戦い、日本サッカー界に大きな足跡を残してきた元主将は、北中米W杯へ向かう後輩たちに何を伝えたのか。その存在の大きさをあらためて考えたい。(取材・文:元川悦子)[1/2ページ]
「明日は僕にとっての…」

サッカー日本代表の吉田麻也【写真:編集部】
FIFAワールドカップ2026(W杯北中米大会)前最後の国際親善試合となるアイスランド代表戦が今日31日、東京・国立競技場で行われる。
このゲームに向け、日本代表は25日から調整を実施。29日には6月からの合流となる鎌田大地以外の26人全員が揃い、2日間の準備を進めてきた。
森保一監督は前日会見で吉田麻也、遠藤航、伊東純也の3人の先発起用を明言。吉田に関しては、スタートから10分程度プレーさせる意向で、交代時にはセレモニーも用意されるという。
「監督とはもともとその体で話をしていたんで、引退ではなく、1つの区切りということにしておいてください。明日は僕にとってのW杯なんで、ギラギラをぶつけたいですね」と吉田自身も目を輝かせていた。彼の代表通算127試合目は、本当に記念すべきものになるはずだ。
「(森保監督から伝えられたのは)僕が今まで日本のサッカーに貢献してくれたことに対しての感謝の場としたいということと、あとはチームに自分の経験を伝えてほしいということですね」と今合宿の合流初日に話して以降、吉田の立ち振る舞いは本当に見事だった。
練習では先頭を走り、ダッシュやジグザク走などのウォーミングアップも一番にスタート。3年半ぶりの代表活動でも、キャプテンだった2022年時点と全く同じ統率力を発揮。体のキレも問題ない様子だった。
オフ・ザ・ピッチでも、若い選手たちに積極的に声をかけ、W杯本番に向けた心身両面の準備やアメリカの気候への対処法をアドバイス。彼なりの気配りを随所に見せたのだ。
「準備のところから…」

談笑するサッカー日本代表の吉田麻也と堂安律【写真:編集部】
「彼が代表にいた時からその背中を僕は見てきました。『本当にリーダーになりたい』と僕が発言したのも、偉大な先輩の存在が大きかった。
準備のところからスプリントする姿とか、今回も、若い選手に話しかけたりと、背中で引っ張ってる感が強いですし、本当に一緒にやれて嬉しい」と堂安律もしみじみコメント。やはり前キャプテンの影響力は絶大だったと言っていい。
周知の事実ではあるが、吉田が日本代表、そして、日本サッカー界にもたらしたものは非常に大きかった。
思い返すと、彼の初キャップは2010年1月の2011年アジアカップ最終予選・イエメン代表戦。それから2022年までの足掛け13年間で出場した国際Aマッチは126試合。これは152試合の遠藤保仁、144試合の長友佑都に次ぐ3番目の記録である。
2008年の北京オリンピック(北京五輪)で、当時19歳の吉田を招集し、その後岡田武史監督率いるA代表入りにつなげた反町康治監督は「麻也は持っているものが違う」と語っていた。
それは、189センチの高さに加え、優れたボールコントロール技術とビルドアップ能力を兼ね備えていたからだ。当時の日本サッカー界において、後方から攻撃の起点となれる技巧派の大型センターバックは稀有な存在だった。
唯一無二だった吉田麻也の存在

サッカー日本代表として多くの大会に出場した吉田麻也【写真:Getty Images】
この頃、代表の最終ラインを担っていたのは、相手の攻撃を確実に跳ね返せる中澤佑二や田中マルクス闘莉王のようなストッパータイプが中心。
ボールのつなぎやゲームメークに秀でる今野泰幸のような選手もいた。しかし、どうしても高さには課題があった。190センチ近い身長と、まるでボランチのような配球のできる吉田は本当に貴重だったのだ。
それゆえに、彼は歴代の代表監督から厚い信頼を寄せられ、2014年ブラジル大会・2018年ロシア大会・2022年カタール大会と3度のW杯に出場した。さらに、五輪も2008年の北京大会、2012年のロンドン大会、2021年の東京大会と3度出場している。
北京五輪に招集した反町監督も、ここまで大きな飛躍を遂げるとは想像していなかったかもしれないが、それでも吉田には光るものがあったのだ。
加えて、吉田は傑出したインテリジェンス、誰とでもフランクに接することができる人間的度量も兼ね備えていた。
最終ラインを統率する間は戦況を瞬時に見極めて、的確な指示を送らなければならない。若い頃からその仕事を確実に遂行できたことは、彼の大きなアドバンテージだったと言っていい。