ようやく取った。川崎フロンターレの伊藤達哉が、明治安田J1百年構想リーグ19試合目にして、初ゴールを奪った。しかし、本人に笑顔はなかった。試合展開の影響もあるが、それだけではない。ある思いが、どうしても消えなかった。(取材・文:江藤高志)
伊藤達哉が百年構想リーグ初ゴール
伊藤達哉が初ゴールを決めた。2月に開幕した明治安田J1百年構想リーグは18試合の地域リーグラウンドを終え、順位決定プレーオフに入っていた。
そのサンフレッチェ広島戦の43分のことだった。
脇坂泰斗と持山匡佑が連動して広島の最終ラインにプレス。その結果、山﨑大地は佐々木翔へのパスを選択した。
このパスが弱いと見るや、伊藤が猛烈にアタックしインターセプト。そのままドリブルで持ち運び、右足を振り抜いた。昨季、いつも見せてくれていた、あのイトタツの理不尽なゴールだった。
その伊藤がプレスを掛けた瞬間の考えを振り返る。
「蹴らせて回収のイメージだったんですけど」と話す伊藤は「結構、ボールが弱かったし、引きつけてたんで、これは食える(奪える)なと思って。そしたら食えて、得点に繋がったって感じですね」
守備意識あっての百年構想リーグ初ゴールだった。ちなみにこのゴールを振り返る伊藤は、守備に手応えを感じていたのだと話している。
「自分で自分の守備が結構いいなって」
「最近、守備のところは自分では手応えあって、自分で自分の守備が結構いいなって思うこと多くて。そういう話もスタッフともめっちゃしますし」
そう口にする伊藤の守備については長谷部茂利監督も試合後の会見で太鼓判を押している。
「(伊藤が)ボール取るところ。彼は、皆さん見ていただいた通りですけれども、守備のところが格段に良くなってます」
そして長谷部監督は「本人も多分実感してるだろうし、色んなことを考え実戦を経験して、コーチのアドバイスを受けてトレーニングをして、非常に良くなった。その中のボール奪取だったと思います」と、改善された伊藤の守備が、コーチとの努力の結果もたらされたものだと明かす。
だからこそ、長谷部監督は「なので、喜んでいいと思います」と話していた。
ところが、ゴールを決めた伊藤に笑顔は無かった。もちろん試合は1点差に追いついた状況で、喜ぶには早かった。それが、笑顔なきゴールの理由の一つなのだが、伊藤には戦況とはまた違う思いがあったのだという。
「点、待ってるよ」サポーターからの声は常に胸に
「悲しい気持ちもあります。もうシーズンが終わっちゃうんで。遅かったなっていうのはすごい反省としてはあります」
百年構想リーグ18試合とプレーオフ2試合の合計20試合中、19試合目の初ゴールは確かに遅い。だからこそ、ホッとしたのではないかとの質問が出たが、伊藤はここまでの期間、期待に応えられなかった責任を感じていたのだった。
昨季はチーム内得点王の13ゴール。チーム状況は必ずしも良くなかったが、そんなチームを伊藤個人の得点力で牽引していた。その記憶を背景に、サポーターは伊藤に温かい言葉をかけ続けていたという。
「点、待ってるよ」
ファンサービスの最中に、サポーターから伝えられてきた期待の言葉に応えようと、伊藤はプレーを続けていたのだという。
「シーズンは、もうこの百年構想は一旦終わっちゃいますけど、そこ(「点、待ってるよ」と言ってくれたサポーター)のために取りたいなっていうのは正直ありました」
そしてここまで待たせてしまったサポーターへの申し訳なさが、得点直後の険しい表情にあらわれていた。
試合は結局1-2で敗れており、川崎は等々力での第2戦での逆転勝利を目指すことになる。2点差での敗戦であれば厳しい状況だったが、1点差の負けが不幸中の幸いであるのは間違いない。
そしてチームの可能性を広げたあのゴールシーンは希望になる。何度と無くチームを救ってきた「イトタツ」らしいシュートだったからだ。
コンパクトな、パンチ力のあるシュートについて伊藤は「身体がやっぱ動きますね。はい」と短く回答している。いざとなれば、身体が覚えているのだ。
そういう場面さえ来れば、同じようなシュートは打てる。それが伊藤という選手の凄みでもある。
いつまでも初ゴールが決められなかった伊藤に対し「いつか決まりますよ」と全幅の信頼を寄せていた長谷部監督の期待に、伊藤はようやく応えた。
そうやって信頼してもらった指揮官に、そして信じて応援してくれたサポーターに、ホーム等々力でもゴールをプレゼントしたいはず。伊藤の巻き返しに期待したい。
(取材・文:江藤高志)
【著者プロフィール:江藤高志】
1972年大分県中津市出身。出版社勤務を経て、1999年よりフリーライターに。01年ごろから川崎フロンターレでの取材を開始。04年からJsGOALフロンターレ担当となり、専門マガジン『川崎フットボールアディクト』の編集長を務める。
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