世界最高峰のリーグの一つとして、数々のスター選手がしのぎを削ってきたスペイン1部ラ・リーガ。これまで多くの日本人選手がその舞台に挑戦してきたが、実力を発揮できず、厳しい時間を過ごした選手も少なくない。そこで今回は、ラ・リーガで苦戦を強いられた日本人選手を紹介する。※成績はデータサイト『Transfermarkt』を参照 [1/5ページ]
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世界最高峰のリーグの一つとして、数々のスター選手がしのぎを削ってきたスペイン1部ラ・リーガ。これまで多くの日本人選手がその舞台に挑戦してきたが、実力を発揮できず、厳しい時間を過ごした選手も少なくない。そこで今回は、ラ・リーガで苦戦を強いられた日本人選手を紹介する。※成績はデータサイト『Transfermarkt』を参照 [1/5ページ]
生年月日:1978年6月24日
【セルティックの英雄がスペインへ】
スコットランドで確固たる地位を築いた名手にとって、スペインでの日々はあまりにも短かった。
中村俊輔は2005年に加入したセルティックで公式戦通算162試合に出場し、32ゴール38アシストを記録。在籍中には3度のリーグ優勝を経験しただけでなく、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)のマンチェスター・ユナイテッド戦で直接FKを沈めるなど、代名詞である左足を武器にクラブの中心選手として活躍した。
そして2009年7月、セルティックとの契約満了を迎えた中村はエスパニョールへ移籍する。セルティック加入以前にはイタリア1部のレッジーナでプレーしており、セリエAに続く自身2カ国目の欧州5大リーグ挑戦となった。
【わずか13試合で終わった挑戦】
しかし、スペインではセルティック時代の輝きが鳴りを潜めてしまう。
デビュー戦となった2009/10シーズン開幕戦のアスレティック・ビルバオ戦では先発フル出場。だが、その後は徐々に序列を落とし、控えのままタイムアップを迎える試合やベンチ外となる試合も増えていった。
ラ・リーガで定位置を確保できなかった中村について、後年、スペイン紙『AS』はエスパニョールに中国代表FWウー・レイが加入した際に回想。加入時に大きな話題を呼んだものの、適応できなかった選手の事例として中村の名前を挙げた。
最終的に、中村は2010年2月にエスパニョールを退団し、古巣である横浜F・マリノスに復帰することを決断。わずか1シーズンも経たずしてスペインでの挑戦は幕を閉じ、リーグ戦13試合0ゴール1アシストという結果で終わった。
それでも日本に戻った後は、2013年に当時リーグ史上最年長となる35歳でJリーグ最優秀選手賞を受賞するなど、再びその輝きを取り戻している。