赤星鷹が川崎へ移籍!? 「オフサイド」「Jドリーム」を手かげた塀内夏子先生インタビュー

2013年07月06日(土)9時57分配信

text by いしかわ ごう
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ドーハの悲劇は現地で体感した

――Jドリームは、ワールドカップ初出場を目指して戦う日本代表の色々なドラマを描いているストーリーでもありますよね。この20年で、現実では5大会連続出場していて、本大会出場が当たり前になってきました。

「そうね。でもアジア枠が増えているから(笑)。ドーハのときは2枠でしょ? あのとき日本代表は3位でダメだった。今は4.5枠。その恩恵もあるじゃないかしら。もちろん、この20年で日本のサッカーも海外にもだいぶ認知されたし、プロ化されたインフラも整備されている。サッカー協会に文句を言いたいこともあるけど(笑)、良い方向には進んでいると思う」

――そうだ、先生はドーハの悲劇を現場で見ているんですよね。

「そう。ロスタイムで同点にされたとき、実はあれでワールドカップに行けないとはわかっていなかった。インターネットも携帯電話も普及していない時代で、他会場の途中経過がわからなかったから、試合後に『どうなの?どうなの?』とゴール裏のみんなで15分ぐらいザワザワしていた。

 ただ選手がずっと立ち上がれなくて……。オフト監督が座り込むラモスさんのところに駆け寄っていく姿を見てダメなのかなと。結局、プレスの人が、速報の最終順位の紙をサポーターに渡してくれて、それでダメだったとわかった。だから、目の前で試合を観ていたにもかかわらず、あのとき日本中で私たちだけが知らなかったのね」

――それはすごい話ですよね。遠く離れた日本から応援していた人たちが結果を把握していたのに、目の前で応援していたサポーターが把握できていなかった。

「わざわざカタールまで行ったのにね(笑)。歴史的な瞬間を見たいって燃えていたな、あのときのわたし」

――もし、あのとき出場が決まっていたら、Jドリームの結末も変わっていたんですかね。

「変わっていたでしょうね」

――出場切符を掴むという結末は漫画でも描けないですか。

「……描けなかったね、さすがに。ここは切り替えるしか無いと思ったし、そのまんま描くしかないね、と」

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